無聊な春霖の頃
「…シャノンは」「あの子はここにあるもん食べられないからね、気を使って部屋さ」
ばっちゃんのその言葉に反応したのはグリードでどういうことだとそのまま疑問で返す。ばっちゃんの話を聞きながらまあそれはそうだろうな、と旅の間に考えていた通り、予想と大して違いのない状態であることを確認の様に流す。舌がないのだから口の中の物を動かせないだろうし飲み込むことも難しいだろう。だからといってこの席から離れなくてもいいだろうにとあいつが作ってくれたのであろうシチューを喉に流しながら思う。前に来た時と同じく、嫌に美味い。そこまで野菜が好きという訳でも無いがこのシチューに入ったニンジンやら玉ねぎは甘く感じてするすると胃に吸収されていく。自分で作った癖に喰わないとか、それどうなんだよと思いながらバケッドにもかぶりつく。しかし同時にばっちゃんにも掻い摘んでだがある程度の現状は話させてもらった。あいつに伝える気は毛頭なかったのでその点に関してはあいつがこの場にいないことを有意義にさせてしまったが。
「舌がなかったのか、生まれつきか?」
「…なんだいエド、あんた言ってないのかい」
「言うわけねーだろ」
感じ悪いな、とハインケルのおっさんがボソッと呟いたが無視させてもらう。自分の話ならそれなりに人に話せるようになった、というか話すしかない状況が多かったというのが本音だが。シャノンの話はまた別だ。間違いなくこの考えはアルも共有していているだろう。俺達の話以上にシャノンの話は他人に触れられたくない部分であったし、触れさせるつもりもなかった。それこそシャノンの存在自体旅の間誰にも話さなかったのだから当たり前だ。可能性があったとすればここに来たことのあるアームストロング少佐ぐらいだが、あの時もシャノンがここにいなかったので少なくとも俺の前では話題に上がらなかった。
「そうも言ってられないんじゃねーのかァ?」
「あいつは無関係でいてもらう」
出来ればこんな、薄暗い話なんて知らないでいた方が良いのだ。この国がどうとか、賢者の石がどうとか。暗くて苦しい話なんてあいつは知らなくていい。知らないままでいてほしい。グリードの言うようにそうも言ってられないというのも痛い程分かってはいるのだが現状俺たちがこの国から逃げない限りあいつに手は伸びないだろうことも確信している。人柱確定、という訳ではないのだ。あくまで候補、恐らくはマルコーさんと似たような扱いをされているんだと予想しているが俺たちが話してしまうことであいつに重荷を背負わせるだけでいいことなんてほとんどない。
「可哀想になぁ」
「っせーな」
やけにグリードのにやにやと笑う顔が癪にさわって「可哀想」という単語が耳につく。あいつは別に可哀想な訳じゃない。ぜんぜん、可哀想ではないはずだ。しかし張り付けられた笑顔を思い出してしまって、思わずがたりと立ち上がってしまう。反射のようで、今か今かと身体が待ちきれなくなってしまったようなそんな動きだった。視線をテーブルに落とせばシチューは空になっていて、そのまま食事も終えてしまえと階段に向かう。くつくつと喉の奥で笑うようなグリードの声に舌打ちを残して居間を抜ける。
分かった様にべらべらと喋られることに心底腹が立っていた。しかし俺自身がシャノンのことをちっともわかっていないという事も、苛立つほどに分かっていた。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905