無聊な春霖の頃
久しぶりに戻ってきた我が家に、勝手に笑顔が零れるくらいに気持ちが落ち着いて嬉しさが滲んだ。ああ、機械鎧のオイルの匂いも、古びた木の匂いも、全部我が家のそれだ。シンと静まり返っている我が家に裏口から入り、意味もなく壁を指でなぞる。護衛にとついてきてくれたブリッグスの軍人さんが機械鎧の工房を興味深そうに覗いているのを一言注意して階段を上がる。ばっちゃんもシャノンもこの時期でこの時間ならば羊祭りだろう。会いたいなあ、もうずっと会ってない、こんなに長期間会わなかったことなどなかったので少しだけ緊張する。勿論それだけではなく伝えなくてはならないことがあるせいなのも自覚しているけれど、まずは純粋に会って抱きしめたいという思いの方を優先したかった。でも、今年はシャノンに一人で手伝いをやらせちゃったのか、と心配になる。ロックベルで出す店の売り子にばっちゃん一人では無理だろうからシャノンも駆り出されるだろうし、私がいない分もしかしたら村の催事の手伝いも増えているかもしれない。年々綺麗になっていく妹に村の役員が「売り子をやってくれればなあ」と零していたのを思い出して苛立ってしまった。別に村の人だけなら問題はないが最近は外からも人が来るのに、そんな場にシャノンを放り出すような真似したくない。階段を上がりきってすぐ手前がシャノンの部屋、その隣が私の部屋だ。恐らくシャノンが私がいない間でも掃除をしてくれていたのであろう、扉を開けても埃っぽさは微塵もなかった。今度御礼しなきゃな、と思いながら着替えをクローゼットから適当に選ぶ。どうやらクローゼットの中も面倒をみてくれていたのかうちの洗剤の匂いだけがした。
手早く着替えやっと人心地つきふぅ、と息をつく。そう言えばデンもいないのだろうかと人が来れば駆け寄ってくる愛犬を思い、出店で番犬だろうかと去年を思い出して笑う。首にロックベルと書かれた小さな看板を掛けていたせいで途中で疲れたらしく突っ伏していじけていたのを思い出したのだ。
このまま寝てしまいたい気もしたが下で工房を覗いていた二人を思い出してまずいか、と思い部屋を出る。しかし階段を降りる前、シャノンの部屋の戸が開いていることに気が付く。部屋の中はなぜかカーテンか閉められているらしく少し薄暗いのが分かり首を傾げてそちらに足を向ける。
もしかして、具合でも悪くて寝込んでいるんだろうか。その考えに不安になってそっと扉を開ける。
「シャノン〜、いる、……」
しかしどういう訳かサンドイッチ片手に我が物顔で部屋にいるエドを見つけ、色々と驚いてしまって大声で罵声を浴びせてしまったせいで、どこに潜んでいたのかわらわらとやってきた連中にまた驚いて悲鳴をあげてしまった。
羊祭りの最終日の片づけもなんとか終わって、ぐったりしながら帰路を歩む。途中で軍の汽車が水汲みにと立ち寄ったのがなかなか新鮮だったが祭りの間でも関係ないと言わんばかりに皆でそれを手伝ってスムーズにその作業も終わった。頑張ってくれたからと沢山貰ってしまった差し入れだったりお土産だったり、どうしてか花束だったりを両手に抱えているためその速度はのろのろとしたものだったがなんとかなにも落とさずに家の戻ることが出来た。戸が開けられないかも、と懸念していたがデンがばっちゃんを呼んでくれたらしく私が足を止める前にデンの鳴き声と共に戸が開いてばっちゃんが顔をのぞかせた。ロックベルの店舗の方の片づけは手伝えなかったので心配だったが、会場にいなかったので帰っているかなと予想して探さないで戻ってきて正解だったらしい。私の荷物に苦笑しながら荷物を受け取ってくれたばっちゃんにただいまと口パクで伝えればきちんと伝わって「おかえり」と返される。がさがさと煩い袋に少しだけデンが距離を取っているが撫でてとせがんでこない当たりやはり賢いなあと思ってしまう。
「暫くは買い物もいらないかね」
本当にそれくらいの量を貰ってきてしまったので苦笑でそれに返す。今日中に食べた方が良いものもあるが食べきれる面子がいる時でよかったと心底思った。いや、村の人も私の最近の買い物の量から家に誰かいるのかもしれないという事くらいは察していそうだけれど。重いだろうにワインの包んだ布や零れそうなくらいに袋一杯に詰められた果物と羊の肉などの袋を持ってくれたばっちゃんに、御礼を手で伝えられないのが少し心苦しい。それでもまだ重い荷物にいい加減痺れてきていた腕を励ますように足を進め居間へと向かう。やけに機嫌のいいデンが私のまわりをくるくると回っているのを応援として受け取り賑やかな声で溢れる居間へと足を踏み入れた。
同時に目に映った姿に、限界まで目を見開く。レモンイエローの長い髪、こちらに真っ直ぐに向けられるスカイブルーの瞳。手から荷物が落ちそうになった時、デンが一つ吠えてくれたお陰でそれを免れたがそんなのお構いなしに姉が飛びついて来たので結局は床にボロボロと物を落としてしまった。
「ただいま」
ぐず、と鼻のすする音がしてただいまと言った声が水分に濡れていて。ぎゅう、と強く抱きしめられて、最後までなんとか手に残っていたベーグルの入った袋と花束を放り投げて姉の背中にしがみつくように抱きついた。そして恐らく、割れ物のビンだったりばら撒くと面倒なものを私の腕から持っていったばっちゃんはこの状況を予想していたのだろうと、帰ってきてすぐに私に伝えない悪戯のような驚かせ方に敵わないなぁと心底思った。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905