無聊な春霖の頃
散らばった貰い物にくれた人に内心で謝りながら拾おうとしたのだが、それよりも先に見知らぬ人にそれらは素早く拾われてしまった。誰だ、と思ったが会釈をされたので姉に抱き付いたまま会釈と、ありがとうという思いも込めて頭を下げる。ゆっくりと体を離した姉はそのまま私の手を引いて居間から出てしまう。え、と思ったがこうなることが分かってたかのようにハインケルさんに手を振られたが何かを返す前に居間からでてしまう。そのまま階段をぐんぐんとあがっていく姉の背を見ていると本当に帰ってきたのだという実感が湧いてきて、元気そうでよかったと安堵する。私の部屋か姉の部屋に行くのかと思いきや、そのまま私たちの部屋を通り過ぎて書斎へと向かっていく姉に内心首を傾げるが、開けられた扉の先にエドがいてそう言えばエドはここで寝泊まりしていたんだと思い出した。笑うなと、言われた。その言葉を私なりに真剣に考え、意味を考えた。別に笑えないだとかそう言う訳でも無いし、自然と笑顔になることだって多いくらいだ。しかし少し前にイズミさんに会ったときに「笑った」感覚も確かに覚えていて、じゃあ今までの私の笑顔とは何だったのかともう一度考えた。姉に向けている笑顔に嘘はなかった、ばっちゃんに向ける笑顔は心からの物だった。
けれど、その心の奥底に常に罪悪感が巣くっていたのは本当だ。それを表に出さない様に、押し殺していたのも事実だった。本当に言葉の通り罪悪と言う感情を奥底に沈めて抑え込んで、そうして常に殺してきた。そのうえで何もないように笑っていた。多分、それを辞めろと言われたんだという考えにたどり着いたのは羊祭りの裏側でビールジョッキを洗っているというなんとも間抜けな場面だった。しかし洗剤の泡が流れていくのを見て、その考えが浮かんできたのだから案外すべての事は運命的ではないのだろうと改めて思った。なんでもない日に私の母はひっそり死んでしまったし、ロックベルの両親は人知れずこの世を去っていた。それこそ当時はその日は特別に最悪な日で、きっと世界も終わるのだろうと思っていたかもしれないけれど今ならあれらの日がただの日常だったのだというのも、分かっている。そんな風にエドの言いたいことも不意に浮かんでしまったのだからすこし拍子抜けしたけれど、案外世界は薄情で淡泊なのだ。そんなに簡単に特別で運命的な事なんてくれないし、毎日の日常に埋もれる様にして個人にそれを静かに与えている。それを思い知っているからこそ間違いなくその考えが正解だと確信していた。
恐らく、前はきちんとそれを隠していられたのだ。罪悪感を殺すことも何ともなかった。けれどついにそれが屍となって私の中に蓄積した時、腐敗して私の表面にまで現れたんだと思う。なんて醜く悍ましいんだろう。しかしそれをエドは気が付いた、気が付いてくれた。それを無下にするほど私は捻くれてもいないし、子供でも無い。汚い内面を出すことに恐怖が無いと言えば嘘になるけれど、少しずつでも直していかなければと思っている。隠しているつもりでいるのにそれが暴かれているのは、結局は大っぴらにしているのと何ら変わりない、寧ろ最初から素直に表面に出している方がまだましだろう。
エドワードに「写真で気が付いた」とあっさりと暴露された時は相当驚いたのはずっと先の話になる。
「あのねシャノン、話があるの」
羊祭りの後のまだ村が陽気な空気を纏っているリゼンブールの普通の日、そんな日だったけれど姉から聞かされた話によってこの日は特別になるのだから、相変わらず世界とは本当に恐ろしいくらいに惨い。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905