無聊な春霖の頃

すぐにでも発つと私が到着して早々にそう言ったエドに機械鎧の微調整を行う。私がいない間にシャノンと少しは話したらしく、スカーのことを話すと伝えれば「俺も行く」なんてはっきりと言ったものだから驚かされた。私の想いも、包み隠さずすべて話した。途中言葉が絡まった様に表現に困ったり、感情のまま言葉にならず拙い言葉だったりと聞いていた側としては理解しがたいものだったかもしれないけれど、終始シャノンは"黙って"聞いていてくれた。一番最後に「話してくれてありがとう」とだけ伝え、すこし苦しそうな笑顔を浮かべたシャノンに抱き付いてちょっとだけ泣いた。すべてを話した訳じゃない、エドも結局シャノンにはなにも話していないと言っていたし、エド達まで命を狙われていたことも今は協力しているのだという事も話さなかった。ただ、私が抱いたすべては話した。理不尽すぎる死を受け入れられなくて相手を憎んで、殺してしまおうとしたことも全て。
ばっちゃんがある程度のメンテナンスを終わらせてくれていたおかげで、すぐに終わった微調整に一から作り直さなかったのも久しぶりだななんて思ってしまった。終わったと告げてもまだ難しい顔をして天井を睨んでいるエドに本当に目付きが悪いなと呆れる。アルの話もして、エドのお父さんの話もした。伝えることは全て伝え「その日」が近いのだという事を改めて言葉で交わして実感する。


「なあ」


「なに?」


「ばっちゃんとデンと、シャノンつれて外国に逃げとけ」


機械鎧を確かめる様に開閉していたエドに、怒りが一気に噴き出し手元にあった大型のスパナを容赦なく顔面に向けて振りかぶった。しおらしい顔に心底腹が立ち、もしもを考えて弱気になっていることに我慢が効かなかった。


「逃げろって何よ!身内だけにがしてどうすんの!あんたはこの国がどうにかなっちゃうことを止められないの!?」


いって〜と顔を抑えながら悶絶しているエドの背中に向けて声を張り上げて叱咤する。馬鹿じゃないのかこいつは。この国に、どれだけの人がいると思っているんだ。この村の人だって、セントラルにいるグレイシアさんやエリシアちゃんだって、ラッシュバレーのパニーニャにドミニクさん、サテラさんにリドルさん、二人の赤ちゃん、ガーフィールさん。ぱっと思いつくだけでも私でもこれだけの人がいるのに、エドとアルなど旅をしていたんだからもっと多くの名前があげられるのに、その人達を見捨てて私たちにだけ逃げろと言うのか。何も知らない彼らを見捨てて。


「止めてやるよ!止めてやるけど万が一ってことがあんだろが!?」


復活したエドが威勢よくそんな腰の抜けたことを言う。今度こそ沸点を超えた私は負けじとそんな腰抜けに声を荒げた。


「万が一も億が一も、ない!!」


一つ落ち着くように息をついて気持ちを落ち着かせる。この家にはシャノンもいるんだ。もし、聞かれてしまったら不安にさせてしまう。教えてくれてありがとうと言ってくれたあの子にそれが酷であることも分かっているけれど、それでも出来るだけ怖いことからは遠ざけたい。知らないでいいのなら知らないままでいてほしい。でもこのまま「もしかしたら」なんて怯えた考えを持ったままエドを行かせるのはいけない気がしたのだ。そもそも、私が完璧に整備した機械鎧の持ち主として、こんな腑抜けは相応しくない。


「あいつら、とんでもないことやろうとしてるんでしょ?そんなのぶっつぶして、この国護ってよ!そんで、エドもアルも元の体になって帰ってきてよ」


それぐらいの気持ちでいてくれないと、きっとエドはうまくいかない。ちょっと大げさなくらいな気持ちでいないと、きっと押されて負けてしまう。強気でなかった時のエド程弱いものはないというのを、小さいころから見てきて知っていた私は少し気圧されたようにのけ反っているエドを真っすぐ睨みながら言い切る。


「そのためなら私、なんでもするよ」


私に出来ることはほんの一握りで、きっと力になれることなんて殆ど無いに等しい。北で人質として扱われていると知ってそれお身をもって知って、この馬鹿兄弟が人に頼ることが下手くそなのも知っていて、それでもなんでもするのだと言い切る私に、こいつが感化されればそれでいい。エドも、アルもだけれど、こいつらは揃って後ろ向き過ぎると気があるのだ。でも今はそんなの許さない。アルだってちゃんと前だけ向いてやれることをやりに行った、それなのに兄がこんなんでどうするのだ。


「たく、簡単に言いやがってよ」


「なによ、弱気になるなんてあんたらしく…!ちょっとエド!」


「あ〜あ、ぎゃーぎゃーうるせえ女だな!」


「たとえ身内だけ逃がしたとしても、シャノンになんていえばいいのよ」


「…だな」


だなじゃないっての、小さくそう言い返せばグッと眉間に皺を寄せて顔を顰めたエドは、なにか口にするまいかを迷っているような空気を纏っていて随分と珍しい光景にこちらも少し戸惑ってしまう。


「…あの、よ」


息が出来ないのか、それくらいにしんどそうな顔でそんな顔見たことも無くて弱気とはまた違う感情がこいつを今こんな顔に刺せているんだろうと察するが、その感情が掴みきれずに黙って続きを促す。心底、心の底から困ったようなそんな顔を俯かせ、重々しく開いた口から出た言葉は妹の名前だった。


「シャノン、さ……俺、あいつの事殴ったろ」


「…………」


「…腫れた、か」


「、当たり前でしょ」


「泣いてたか」


「あの子は泣かないわよ」


「……」


まさか、あの時の話をエドからしてくるとは思っても見なくて少し言葉がつっかえてしまった。驚いてしまったのと同時に、慎重に言葉を選ばなければならないと、エドの纏う空気でそう思ったのだ。たぶん、エドにいま下手な言葉をぶつけたら、簡単に傷つく。
ずっと、この家に帰ってくるたびに言ってやりたかった。一言、たった一言シャノンに謝ればいいのだとエドを引きずってあの子の家に連れていきたかった。でもそれをしなかったのはシャノンもエドもそれを望んでいなかったのが分かったし、誰かが間に入り踏み荒らせば崩れるほどに二人の関係が脆いものになっていたのを理解していたからだ。アルも、私も、誰も二人の間に入ることはしてはいけなかった。踏み入れた途端きっとどちらかが壊れてしまうようなそんな危うさがあったのだ。だから、両親のことをシャノンに告げることをエドに言うべきか、初めは躊躇った。アルには相談できてもエドには間違ってもできなかったのだ、今までは。それなのにこいつと来たら知らないうちに決心を付けて、危ない橋を渡り切っていたらしい。本当に人の気も知らないでなんて奴だ、それこそこの国の問題もそれくらい覚悟すればいいのに、この馬鹿は。


「エドに叩かれたくらいで、あの子は泣かないよ、強いんだから」


「そーかよ」


そのまま部屋を出ていくエドの背中はなんだか少し寂しげに見えた。




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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905