無聊な春霖の頃
すっかり日が落ちて肌寒い夜の時間。機械鎧の整備が終わったと思ったらすぐに出発するといって荷物をすぐに纏めてしまったエドとダリウスさん、ハインケルさん、そしてグリードさんは揃って黒いコートを着て闇に溶けてしまいそうな格好でロックベル家の前に立っていた。大事な用があるのだと言っていたけれど、人目につかないようにしてそろりと町から出ていく様子を見ていると、少しだけ不安を駆り立てられた。姉も同じく不安そうに瞳を揺らしているので何かあったのかもしれないけれど、私になにも言葉が無いのだから、首を突っ込むなという事なんだと理解している。膝の裏辺りにぐいぐいと頭を押し付けてくるデンの背中を偶に撫でながら、二人の会話を聞かない様に視線を落とす。たぶん、こうすることを求められている。そんな空気を読んでなのか、デンがいつも以上に甘えただ。出てこない方が良かっただろうかとも一瞬思ってしまったがそれこそ一番ダメな選択肢だったろうと直ぐに思い直して前を向きなおした時、そこにエドがいてびくりと肩が上に跳ねた。「……あー、」
「………」
「その、だな…」
「あー!もううじうじうじうじと!!」
容赦なくエドの頭を背後からひっぱたいた姉を茫然と見つめながら痛そうに頭を抑えるエドを少し心配した。素手だったとはいえ結構な音がした。ため息を一つ付いてから私の後ろでじゃれていたデンをおいで、と呼んでそのまま家へと戻っていってしまった姉を目で追ってしまう。ゲホンとエドが咳ばらいを一つしたので慌てて前を向けば少しだけ眉を下げてこちらを見ているエドがいてメモを、と思ったが暗いからと持ってきていなかったことを思い出してどうしようと思案してしまった。
「一回、」
「………?」
「一回だけ、名前呼んでくんね?」
視線を不安そうに漂わせてそう力なくいうエドに、無意識に口が音を形取った。自然とそう動いた口だったが、当たり前にそこに音は乗らない。そんなにはっきりと大きく動かした訳ではなかったけれど、それをきちんと拾ってくれたエドは、それで満足そうに笑って一度だけ機械鎧の右手で私の頭に手を乗っけて、そのまま一度も振り返らず暗闇に紛れて見えなくなってしまった。
「(えどわーど)」
もう一度だけ、そう口を動かしてみる。不思議な事に頭の中で私の声がその音を紡いだような気がして、そんなはずないのにその妄想に甘えたくなってしまった。
2017.1.28
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905