蒙昧が明ける

「兄さんは真っ先にしたいことって、なに?」


そうやって柔らかく笑いながら言うアルは、体が戻って暫くしてから恐ろしい程ぐったりと眠った。なんども死んでるんじゃと確かめてしまうくらいにずっと起きてこなかったが、幸せそうに眠っているのを見ているのを確かめてホッとする日を何日が過ごした。今までを取りかえすように眠ったアルが母さんに似た笑顔を浮かべたものだから、やっぱりこいつは母さんに似てるな、と改めて思って少し涙が出た。まだ軍は町の復興でてんやわんやしていて、親父もそれを手伝っているのだとアームストロング少佐伝手にそれを聞いた。もう俺の怪我も何ともないのに、と手伝おうかと思ったが錬金術も使えず、しかも機械鎧の足にガタが来ている俺は早々に戦力外通知をくらい、病院でアルの傍にいてやれという言葉に甘えている。


「お前は食べたい物リストか?」


「まあ、それは追々かな」


最近やっと口から物を食べることを許された弟は殆ど骨と皮のようだ。多分、魂の定着にぼろが来る前に肉体がダメになっていたのではと思ってしまうくらいに限界だった。先の事を本当に楽しみにして笑う顔を見ていると、すぐに回復するだろうことも分かるが暫くはここでリハビリだな、といくらでも付き合うつもりでひっそりと笑う。俺が機械鎧付けた時なんて一年も待たせたんだから、その何倍だって待ってやれる。


「まあ、点滴から抜け出したのも早いって言ってたしすぐだろ」


「それで、兄さんは?」


まるで分かっているよ、と言わんばかりの顔で笑うアルに誤魔化すように「挨拶回りだろ」と伝えれば「それもあるけどさ」と誤魔化されてくれようとしない。随分とつっかかるなと顔を顰めれば可笑しそうに笑って促すようにしてそれで、と俺と同じ色をした目がじっとこちらを見つめてくる。


「というかお前はどうなんだよ、食べたい物リストは追々だったら他には?」


「多分、兄さんと同じだと思うけど、兄さんの口から聞きたい」


その強請るような言い方にうっと怯む。なんだアルのやつ、いつの間にこんなこと覚えたんだ。いい加減、口に出すことにビビるような性格でもなくなった。躊躇いもないし、ごちゃごちゃと面倒臭い御託も今回の件でいろいろと吹っ飛んでしまって、お陰で残った単純な餓鬼臭い考えにまあそれでもいいかと思ってしまっているのだから少しだけ始末が悪いのだ。紛れもない本心だからこそ。
本心をそのまま丸裸で晒すのは、子供のすることだとそんな風に旅の間で学んだはずだった。それなのに気が付けばごてごてと余計な感情や言葉、くだらない意地や罪悪感に囚われて飾り付けられて、そのせいで余計に拗らせてしまってここまで来てしまった。錬金術で何もできなくなった今だからこそ、俺の世界の中心が錬金術じゃなくなったからこそ、それらが壊れる様に消えた時、そこに残っていたのもは飾り気のない餓鬼の主張だったのだ。おかしなことに、そうした今の方が随分と清々しく、そしてその装飾物こそ子供の考えだったのではと思ってしまう。餓鬼だったからこそ、その本心を知られるのが怖くて隠した。そしてめちゃくちゃに固めて奥へと押し込んだ。

それは紛れもなく、シャノンが浮かべていた笑顔そのものだ。


「シャノンの喉、なんとかしてやりたい」


「……」


「、なんか言えよ」


「え、いや僕が思ってた答えと違ったから」


「はあ!?」


うわ、声大きいよ。と苦笑するアルに問い詰めれば、それもあるけれどまずはウィンリィとシャノンが並んだところを見たいと零す。…すまん俺先に見ちまったわ、と正直に伝えれば「兄さんのスカポンタン!」とよくわからない罵声を浴びせられた。誰だ弟にそんな言葉を教えた奴は。
しかしアルの言葉ももっともだと思った。俺とシャノンがあんなだったせいで、アルはずっとその当たり前だった光景を見れなかったのだ。そう考えると俺たちが家を焼いて出ていった日から、四人で揃ったことすらないのだと気が付く。もう何年も、ずっとだ。きっとそれはウィンリィも待っている光景のはずで、心の中でそっとリハビリ頑張れよとアルを急かしてみた。


「でも、兄さんがそう言ってくれてよかった」


「お前はいつから考えてたんだよ」


「割と最初から」


でもそっか、と笑うアルは本当に嬉しそうで何かしたわけでもないのにそんな顔をされると少し参ってしまう。でも俺とアルの間ですらシャノンのことを話題にしたことすらほとんどないのだからそれも仕方がないんだろうと思えば、申し訳ないような気になる。


「兄さんさ、さっきどんな顔してシャノンのこと助けたいって言ったか分かってる?」


「なにがだよ」


良いから寝ろ、と控えめに怒鳴れば「兄さん頑張ってね」なんて冷やかしも何もない純粋な鼓舞を貰ってしまい、大げさにため息をついて分かってると小さく返した。
なにせ相手は強敵だ、何年かかるか分かりもしないが、それでもあいつの声でまた俺の名前を呼んでくれるのならば、別にいいかと思えてしまうのだ。




 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905