蒙昧が明ける
エドが出ていってから既に二か月がたっていた。姉が戻ってきたというだけで精神的にびっくりするほど安定しあまり喉を通らなかった食事も以前と比べれば食べるようになった。不眠の嫌いも多少ではあったが改善されていた。それが姉だけのお陰ではないことも、ちゃんと分かっている。ちゃんとエドと話す機会があって、向き合えたからこそだと痛いくらいに分かっている。結局は彼らに甘えきってしまっている自分だけれどそうやってまた気負う方が良くないのだと流石の私も学んだ。ちょっとずつ表に出てくるようになったびくびくした怖がりな私の感情も、泣きそうなくらいに安心した表情を見せて抱きしめてくれた姉を見ればまだ多少抵抗はあるものの前の様に抑え込むことはしなくなった。まだ、手探り状態だけれども、それでも後ろに一歩後退したお陰で周りが見えるようになったような気がする。前だって周りは気が滅入るほど見ていたし気にかけていたけれど、その目は恐怖で曇っていたんだと思う。それが晴れたようなそんな感覚をたしかにおぼえているのだから、今更ながらやっと少しだけ前進し始められたんだと、思う。
全部全部、周りの人のお陰だった。
そんな何一つ自分で出来ない自分だったけれど、それを情けなく悲しく悔しく思う前にその分を彼らに返せるようになるべきなんだと、薄らとそう思うようになった。これが逃げだと、そう責める人もいるのかもしれないけれど、結局私のその基準がエドとアルの二人なのだから、二人がそれを悪と言ったときに改めればいいとそんな風に思っている。
古びたブザーが来客を知らせる。イズミさんが来た時のような雨天ではなく、ハッとするような晴天。ちらほらと流れる小ぶりな真っ白い雲が余計にその青さを主張していて、全くの雲一つもない空よりもこんな空の方が好きだなと思った。
ペンとメモを手に取ってドアを開ける。そしてその先に当然のように立っていたエドに、エドの姿にそれらを床に落としてしまった。それくらいにとても、とても驚いたのだ。
「…よ」
すぐに気がついた、彼はこのことを報せに来てくれたのだと一瞬で理解した。
上げたその手は、右手だった。肌色の、エドの右手。反射の様にその腕に手を伸ばす。簡単に私に捕まったその手に、温度がある。
エドワードの、右手だ。
震える両手でしがみつく様に必死にその手を、けれど大事に掴み額に押し当てる。まるで祈るかのように首を擡げてその存在を確かめる。なにも言わないエドワードに甘えて、その温度を確かめてそして実感した。戻ったのだ、彼の右腕が無事に。そう理解する前にボロボロと視界が揺らいだ。ぽたぽたとその手の平に落ちている雫を、受ける様にその手の平に沈んでいく。ああ、ああ。エドの右手が、ちゃんと。よかった、よかったと勝手に口が動く。誰にも拾われなかったその声は、けれどエドのその手が受け止めてくれた気がした。
「、シャノン」
近いところでエドの声がした。それでも顔を上げられなくて、みっともなく音にならない嗚咽を上げながらぼろぼろと泣き続ける。そんな私を慰める様にぎこちなく左手で背中を撫でてくれるせいで、余計に涙が溢れて止まってくれなかった。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905