泡へと帰る
いきなり、こんな形で手紙を押し付けて驚かせてしまってすみません。ですがどうか、エドとアルの父親であるあなたには伝えておかなければならないと思い筆を取らせてもらいました。どうかこの手紙を読む前に、一つお願いしたいことがあります。手紙を押し付けてその上お願いだなんて、図々しいですがそれでもどうかお願いです。この手紙を読むにしても読まないにしても、お願いですから捨ててほしいのです。できれば燃やすなり粉々に破くなりして。あなた以外の誰の眼にもどうか触れさせないで欲しいのです。
そして、前置きをさせてください。こうして手紙を書いてはおりますがこれを読むか読まないかはあなたに委ねます。私にはあなただけには本当の事を伝える義務があり、あなたにも知る権利があるけれど、知ってしまえばあなたにもそれを背負わせてしまうことになります。無責任かもしれませんがどうしても私には絶対にあなたに知ってもらいたいと言い切れませんし、どうすることが正しいのかも分かりません。けれどあなたにまで何も言わずにいられるほど私は強くはありませんでした。読むかどうかに関わらず、私を許さないでいてください。
エドとアルに会ったのは私がここに来てすぐの頃で、ロックベルの家に引き取られて間もなくの頃でした。二人はとても仲のいい兄弟で、元々一人っ子だった私は彼らの在り方に酷く憧れて、義姉であるウィンリーと自分もそうなれたらと何度も思いました。ロックベル夫妻が死んでしまって間もなく、トリシャさんが亡くなりました。笑った顔が柔らかくて、声が温かくて、私も姉も憧れていました、大好きでした。エドとアルがそんなトリシャさんを私達以上に愛していたのも当たり前のことで、けれど取り戻せるかもしれない方法を彼らが持っているだなんて微塵も思っておらず……言い訳ですね、彼らの傍にいながら止められなかったこと、本当にごめんなさい。寂しがっていた彼らに気が付けなかったのは傍にいた私たちの落ち度です。
私の実母も病気で死んでしまいました、たった一人の家族でした。私の世界は母と、実家の家だけというとても狭いもので、その世界が亡くなってしまって途轍もない絶望を感じたのを今でも鮮明に覚えています。けれど私にはサラさんがいた、ユーリさんがいた。ばっちゃんが、姉が、いてくれた。寂しいと思う暇すらないほどに愛をくれた。だから私は真っすぐに生きてこられました。エドとアルが同じように世界を失ってしまったときに、あろうことか私は距離を取ってしまったんです。どう接したらいいのか、分からなかった。なんと言えばいいのか分からなかった。おなじ苦しみを知っているからこそ、中途半端に頭で考えられるようになってしまっていた私はなんと声をかけるのが正解なのかとそんなことばかりを考えてしまって、時間を過ごしてしまいました。
そのせいで二人でトリシャさんを取り戻そうとあんなことになってしまいました、あの辛さを知っていながらそこから助けてあげられなかった、私はとんだ大馬鹿者です。けれどそれ以上に、私はやってはいけないことをしてしまいました。
私は、エドの手足とアルの体。それらを錬成しようとして失敗しました。
それが彼らの救いになるんだとそう思い込んで、浮かれて、そして彼らの治りきっていない心の傷に上からナイフを突き立てました。
どこかにある彼らの体を取り戻そうと、馬鹿をしました。そして見たくもなかったあんな恐ろしいものを見て、対価を支払ってしまいました。
エドが足と腕を、アルが体すべてを無くしたと知った時、やっとどうにか助けてあげなければと行動し始めました。遅すぎる行動でした、そしてするべき行動でもありませんでした。
アルが魂だけでも帰って来られた、そう聞いた時私はエドの手足とアルの体はどこかに閉じ込められているのか、なにかに捕まっているのだろうと考えました。エドとアルがすっかり出入りしなくなった、もう焼いてしまったあなたの家にこっそりと忍び込んで二人の書いた研究書やあなたが所持していた錬金術の本を読み漁りました。
エドが国家資格を取ると決めてしまったとき、どうしてもそれが嫌だった。ロックベル夫妻は軍に連れていかれて帰ってこなかった、その思い出が鮮明に残っていて嫌で堪らなかった。焦ってしまったんです、どうにかエドが軍に入ってしまう前に事を済ませばなんとかなると私は信じて疑わなかった。傲慢なことこの上なく私は彼らを救えるんだと勘違いをしていたんです。
けれどお陰で分かったこともあったのです。
彼らの体分の材料と遺伝情報、都合の良いことに彼らのカルテは簡単に読める環境でしたし、遺伝情報だって同じく手に入れやすかった。しかしエドの腕を錬成しようとして、即座に失敗しました。舌をごっそり取られ、私はそこでやっと分かったのです。当たり前でした、いま私が差し出したこの材料と、エドの腕の価値が等価である筈がない。目の前の材料の山など、エドの腕の代わりになるはずなどなかった。そして無くなった舌に、思い知りました。言葉を相手に伝えることは確かに、私の中では価値の在るものでした。
その人によって、価値とは変わるのではないか、求めるものと等価にあたるものを持っていくのではないか。私の中で無意識に価値の優劣をつけ、それに該当するものを取っていけるという事の恐ろしさは未だに恐怖を感じます。まるで、私以上に私のことを分かっている誰かがいるような感覚は、恐怖でしかありませんでした。いえ、まさしく真理というそれがいたんでしたね。「人の命の価値を人が決めてはいけない」と実母が言っていた言葉を、私は痛いほどに痛感しました。
あの時の事は正直あまり記憶に残ってしません。それ以上に考えることに必死で、他の事に頭を使える余裕もなかったんだと思います。
お陰でエドの腕と、アルの魂が同じ価値として扱われたことにも納得がいったのです。身体の一部と魂など、まずものが違い過ぎて価値のつけようもないというのにどうやって秤に乗せたのだろうという疑問が晴れたのです。
同時に、どうしてアルはあの体でもなお声が出せるのだろうという疑問に対して薄らとした答えが見えた気がしました。もしかしたら声と魂は、近い位置にあるのではないか。視覚に関しても同じく仮説を立ててみましたが、きっと私にとってよりアルの魂の価値に近いのは声だろうと、実母が良く誉めてくれた私の声は私の払えるであろう最大の価値だろうと、喉に勝手に落ちてくる血に溺れそうになりながら考えました。
だからこそ、私はもう一度錬成をしました。今度はアルの体と魂を結ぶ道をどうにかして強化しようと試みました。いつか戻って来られるように、どうか迷子にならないように。精神で繋がっている筈のそこに私の一部を使って橋を作ろうとしたんです。もうそれくらいしか出来そうなことがなかったのです。その錬成がうまくいったのかは分かりませんが、目論み通りに私の声帯は跡形もなく、なくなりました。
けれど同時に、私はとんでもないことをしでかしてしまったのではないかと全てが終わってからゾッとしました。エドの腕を取りかえすことに失敗して、もしエドの腕に何かあったら。もし私のあの錬成のせいでエドの腕が戻って来なかったら。トリシャさんのお墓の前でいつも悔いています、あなた達の大切な息子から腕を奪ってしまったら、私はいったいどうしたら償えるのか。
ロックベル夫妻には私が錬成をして作ったという言われもない嘘を擦り付けました。あんなにもお世話になっておいて、恩を仇で返すしか出来なかった私に彼らの墓参りをする資格があるのかも分かりません。
エドとアルの父であるあなたには、私の仕出かしたことを打ち明けるべきだと、それが筋だと思いこうして書き連ねましたが結局のところ私はあの錬成で余計な事をしてしまったのだと思っています。それが無駄になるなら別にいいのです、私の自己満足で、それだけで終われる。彼らを助けたがってそれが空ぶっただけのお話で終われたんです。でも、もしエドの腕になにかあったらと思うととても正気でいられる気がしません。
あなたは凄腕の錬金術師だと聞きます。もしもの場合は私を対価にエドの腕を、なんて何度も何度も考えているのですが、少ししか話していないのにも関わらずあなたがとても優しい人だと知って、そんな重荷を背負わせてはダメだと思い知りました。それにこんな私がエドの腕と等価だなんて思えません。こんなにも自身の価値を下げてしまった私では、もうなにも取引できないのだと確信しています。
エドの手は、とてもあたたかくて優しい手です。アルの手を引っ張って、デンをそっと撫でて、ばっちゃんが困っていた時にすかさず差し伸べて、姉を励ますために背中をさすってくれた手です。時にはアルと喧嘩をしてやんちゃをする手でもあったけれど、また明日と私に振ってくれた手も、慣れないながらもおずおずと私の頭をぐしゃぐしゃと掻きまわした手も、約束ねとこの小指と結んだ指切りも…そしてアルの魂を助けてくれたのも、あの右手だったのです。今私が払えるすべてをもっても、等価にはとても及びません。
優しいトリシャさんとあなたの子供であるエドとアルも、酷く優しい。だからこそ私は彼らにこの醜い真実を告げられません。絶対に彼らは自分を責めてしまう。そんな彼らを見たくないが為に私は嘘を突き通します。そのためにロックベル夫妻を巻き込んでも、その罪悪感と一緒に死ぬつもりです。それが正しいと、そう思っています。
だけどもしもがあった時、エドの腕が帰ってこないなんてことがあった時、あなたは私を恨んでください、憎んでください、どうか赦さないでください。彼らの父親だからこそ、トリシャさんの分もどうか。
ホーエンハイムさん、優しいあなたがこのことを知ってどう感じるかを考えられない私ではありません。それでもやはり、何度でも言います。
どうか、私を赦さないでください。
シャノン・ダンカン
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905