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 喉に来る風邪だったらしい、熱は引いたが咳が止まらずあまり好きではないのだがマスクを着用して登校した。試合自体が土曜日にあったので昨日は学校が休み。その一日で熱が下がったことに素直に喜べないのは多分まだ自分のなかできちんと整理が出来ていないからだ。そんな理由で休めないことは自分が一番よく分かっていたのでこうして重たい体を押して学校に来ている訳だが。教室にきてもなんだか寒気だけはぬぐえなくてマフラーを外さずに顔を埋めて目を瞑る。頭が痛いも目が腫れぼったいのも風邪とは関係ないというのが自覚できているから質が悪いと思う。言い訳もできやしないほどに傷心してしまっているのが、辛い。
 当たり前の様に学校ではお祝いムードで、そりゃ私もそうしたい気持ちでいっぱいだし嬉しい気持ちもはしゃいだあの瞬間の想いも何一つ嘘はない。けれどその奥に、裏に自分の汚い感情を見つけてしまったせいで混乱してしまっているのだ。やっぱり熱、下がらなければよかったのに。ベットの中で悶々と考えている方がこの空気の中にいるよりはよっぽど健全だったと思う。クラスにいる野球部で試合に出ていたのは二人。それも主力もいいところ、主将と副主将である。他のクラスからもお祝いを言いに来ているのか教室がいつもよりも賑やかであるし人も多い。そんななかであからさまに具合が悪いような顔をするのもよくないだろうと流石に机に突っ伏すことはしなかったが、本当はそうしたい心持であった。
 数名に囲まれている彼は、御幸君は野球をやっている時とは全然違う顔をしている。薄い笑顔だなぁとおもうと同時、それでもああして甘んじて囲まれているという事は彼なりに嬉しいのだろうなと思った。気が付いたら目で追っていた、なんて漫画や小説の中だけの話だと思っていた。けれど、ああ本当の事なんだなと自分で体験してしまっては先駆者の言葉がいかに物事を単純明快に表しているのかを知った。へえ、あんな顔するんだ。野球部といる時はまた違う顔だ、野球をしている時はもっと違う、子供みたい。そんな風に色々な表情をしていることを知っているという事はそれだけ彼を見ていたという事実で。本当に気が付いたら、だった。こわいな、なんだか。知らないうちに感情を寄せて、高めて、重たくして。無意識にも恐らく部活の演奏なんてほぼ「彼の為」なんて気持ちにすらなっていたのだから、自分が怖くて気持ちが悪いと思った。そして昨日、勝手に傷ついて純粋に喜べないことに絶望なんかして、自分勝手にもほどがある。
 チャイムの音が遠い気がする。いい加減マフラーを取らねばと片方の端をずるずると引っ張ればゆるゆると気管が狭まって息が詰まった。静電気が起きたのかぱち、と小さく耳元ではじけた音がする。帰りたいなあ。
「髪ぼさぼさだぞ」
「び、っくりした、おはよ、御幸君」
「声ガッサガサじゃん、なに、そんなに応援してくれたんだ?」
「あ、はは……そんな感じ」
 ぎりぎり、笑顔を浮かべられた。マスク、してきてよかったな。震えるな、声。
 今まで、私の音は一つも届いていなかったんだな、なんて、思うな。



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投稿日:2018/1111
  更新日:2018/1111