3
小学校の時に同じクラスだった女の子のことを思い出しながらため息をついた。普通の子で、でもどこまでもイレギュラーな子だった。
彼女の言葉を借りるなら彼女の家庭環境は彼女にとって取るにたらないしょうがないものであってそんな程度のこと、らしい。人と比べるのは意味がないから自分の中の不幸の比較で言えば携帯を池ポチャした時のほうがショックだったと言っていた。
彼女は、一見正しいことを言っている様に見えるが実際は世間一般の考えからは可笑しい感性を持っていた。それを形成したのがあの家庭環境であればきっと彼女は歪んだ人間というレッテルを張ることでまとまられるのだが厄介なことにそうではないのだ。親から愛を貰えない、それゆえに親から愛を受けることを諦めてそんなことと丸めてゴミ箱に捨ててしまったのだとしたらそれは防衛本能が働いたからだ。そう“思い込まないとやってられない”からそう思うしかなかった。でもそうじゃないのだ。別の家庭が仲つむまじくしていることを心から喜べる感性を捨ててはいないし、自分が愛されない人間なのだと思い込んでいるわけものない。
だからこそ恐ろしいし可笑しい。彼女は歪んでなどおらず、正常な感性を持ってしてそうやって自分の現状をジャッジしたのだ。とても歪んでなどいない、むしろどこまでも真っすぐだった。血は繋がっていないとはいえ、自分のもっとも心が休まると言われる家庭で、両親という位置にいる人物からネグレクトを受けているなどそれこそ精神が病んだって自殺を図ったって彼女は責められないだろう。それくらい悲観したっていい環境にいるのに彼女はそれを、当たり前の様にしたことがない。それも、自分よりも可哀想な人はいっぱいいるなどという比較しての理由ではなく携帯をおじゃんにしてしまった事の方が辛いとあっけらかんと言えてしまうのだから。
もう彼女とも付き合いが長いからかそのことに対して特に思うところは無くなっていた。そういう人間なのだと。しかしセルティや臨也のように比較的最近に彼女を知った人間にとってはやはり異様に映るらしい。セルティはどう接していいのか戸惑って無理をしていないのかと心配をし、臨也の場合は人間として面白く映ってしまった。
しかしだからと言って静雄が絡んでいるからというだけでなまえちゃんにここまで深入れしている臨也は可笑しかった。それこそ彼女のことだから静雄の化け物じみた体や力ですらその程度の問題だったというだけであっただけなのだろうことはもう臨也だって理解しているのに。
自分を悲観しない彼女は静雄の現状も不幸だとは決して言わない、だから静雄も傍にいると居心地がいいのだろうと思う。臨也にとっては、初め予想していた「愛されないから愛を貰うために平和島静雄に愛を与えた女の子」という彼女の人物像がどこまでも的外れだったのだと思う。だってなまえちゃんにとっては自分が親から愛されないことも「その程度」の問題であったし、静雄が愛されない化け物だということだって「そんなこと」だったのだから。
幼馴染みだったという理由だけで十分だったのだ、なまえちゃんにとっては。それを臨也は気に入らない、だってそんな理由こそ臨也にとっては“そんなこと”であり、あってないようなものだからだ。僕から見てもそんな理由はあってないようなものだと思う、あれは無条件に静雄に与えられた愛だ。
だからこそ、気に入らない。あの平和島静雄が無条件に一人の女の子に愛を貰えているだなんて。
そんなことを臨也がぶつぶつと言っているのを聞きながら、その思いが人間愛から来ているのだと勘違いしている臨也が可哀想になってしまった。だからこそ「どうしてそんなに構うのか」と聞いてやったというのに、まさかそれでもこの男は気が付かないのだろうか。ついにキスまでしてしまったというのに。
先ほどからずっと、いやもう随分前からこの男の口から出てきている感情は「化け物として」の静雄への憎しみではなく、「一人の男として」の静雄へのただの嫉妬なのだといったいいつ気が付くのだろうか。それもとことん深く真黒な嫉妬だ。初めの何度かはきっと本当にそういう理由で彼女にちょっかいをかけていたように見えた。けれどだんだんとそれらの嫌がらせはなまえちゃんへのアプローチのようなものに変わっていって、静雄との仲を引き裂くよりも邪魔をして、臨也がなまえちゃんの眼に映る為に試行錯誤していっていくものに変貌していた。可愛く言っているが勿論やり方はそうとう皮肉れていた。多分すべて逆効果だったとすら思う。
純粋に、無条件で愛される静雄がこの男は羨ましく見えてしまったんだと思う。そして、いつしか自分もその対象になりたいと思ったのだと思う。自然と、無意識のうちに。
「じゃあ言い方をかえるよ、なまえちゃんをどうしたいの」
「は?」
「静雄じゃなくて、なまえちゃんをどうしたいの」
静雄を怒らせるには確かに彼女はうってつけの人間だ。きっとその理由が大きく臨也の本心を覆ってしまっていて自分でその感情を見つけられないのだろうとは思うのだけれども本当に静雄を傷つけたいのならそれこそなまえちゃんに暴力を向ければいいのだ、臨也お得意の情報操作でいくらでも。
それをこいつは何年もずっとなまえちゃんに対してだけは向けなかった、それだけでもう理由としては十分すぎるだろう。なまえちゃんを駒として扱っていないという証拠で、なまえちゃんに暴力は向けたくないという臨也の隠れた本心だ。歪んでるけど。
「シズちゃんから引き離してやりたいけど」
「それは静雄をどうしたいかに含まれると思うよ、そうではなくて彼女単体でという問いかけだよ」
「それこそ訳がわからないね」
引き離してやりたいだなんて全くもってただの嫉妬の言葉だ。静雄に引き継いで臨也にまで好かれてしまうだなんてなまえちゃんはそう意味ではきっと不幸なんだろうなと思ってしまった。
「本当にわからないのかい?」
「だからさっきからなんなの」
「ただでさえスタートラインが静雄よりもずっと遠くて、しかも逆走すらしているレベルなんだから早めに気が付くことをお勧めするよ」
あまり手助けしてやろうと思えないのは仕方のないことだと思う。だって臨也だし。しかしこんな男がその思いに気が付いてしまったときにあんなことになるだなんて、そこまでは流石に予想していなかった。折原臨也という男の職業をフル活用してストーカーのようになってしまうだなんて、思う訳がないだろう。
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926