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 先輩にぐいぐいと引きずられる様に連れてこられたのはミーティングでよく使用している教室で、そこの椅子に半ば無理やり座らされる。まさか先輩が後ろにいるとは思っていなかったが、どうせ遅かれ早かれ話さなくてはならないのだからそれが早まっただけだと思えば別にいいかと思えてしまった。
 部活をやめようとまで思ったのは、今日が初めてだ。それまでは及川先輩にどんなことを言われようが、耐えられた。
 けれども、先ほど言われた言葉で私は気が付いてしまったのだ。こんなに選手に、しかも主将に信用されていないマネージャーなんてそれこそ先輩が言うように邪魔で足手まといなのではないかと。きっと私がいくら否定しても及川先輩には私が男子バレー部に入部した理由は信じてもらえないだろうとわかっている。あの日、特に話したこともないような他のクラスの子に及川先輩へのラブレターを頼まれて、渋々了承してしまったのが事の始まりだった。あんなに冷たい顔、目をされたことは初めてで驚きが勝ってなにも言えなかったのだが、きっとああやって部活の時間まじかにああいったものを、しかも頼まれたからと言って渡してしまった事に問題があったのだと思っている。仕事が遅いと言われるようになってからは前よりも早くに来るようにしたし、要領よく手際よく仕事をするようにした。でもきっとそういうことじゃなかったんだと思う。きっと私がいくらやったって、だめだったんだ。気が付くのが遅くなったがもっと根本的に私自身の存在が部に邪魔だと、そう言うことだと今日の言葉でやっと理解した。
 そりゃ、男目当てだと思われていたのなら何をしたって嫌なものに見えてしまうだろう。本当は、違うと否定したかった。本当はバレーをしたかったし、プレイヤーとしてあのコートにまた立てるのなら私だって立ちたいと思っていた。けれども、どうしてもあきらめなくてはならなかったのだ。
 ここに入学して最初は女子のマネージャーも考えていたけれど、見ていればやはりあのコートへの渇望が薄れるどころか増してしまい、だったら男子ならばどうだと思って見学すれば圧倒的に力の差があって自分は全くこのコートに立っても意味がないと思い知らされてしまって。女子では自分がコートに立つ映像を思い描いてしまってしょうがなかったのにそんな想像など全くできなかった。そこまで徹底的に男子のコートの中に私の居場所がなかったからだ。ここでなら、コートへの思いは断ち切れるかもしれない、それでいてバレーへの気持ちは繋いでいられるかもしれない。そう思っての入部だった。
 最初は大変だった。私の他にマネージャー希望が四人もいたのだがなんと三日で全員やめてしまい、仕事を教えてくれるマネージャーの先輩もいなかったので中学の頃を思い出しながら、どうしても分からないことは監督や先輩に聞きながらなんとか仕事を覚えた。それに慣れれば自分に出来ることが他にないか目を向けて、このチームがよりいい環境で練習できればいいと思いながら色々と試行錯誤して。やっと一人で仕事を全てこなせるようになったのは入部してから少し経った頃で、それまで手伝ってくれていた女バレのマネージャーの先輩(最初に見学に行った時に仲良くなった先輩)には本当に頭が上がらなかった。
 でもそれも、結局男目当てのマネージャーがやっていたんだと思われていたのなら、なんて無意味で害のあることをしていたのだろうと思ってしまう。
「悪い、手大丈夫か」
「はい」
「ちょっと待ってろ、な」
 ぽんぽんと私の頭に手を置くようにしてから教室から出ていった岩泉先輩に、なんだからしくなかったな、と思いながらも鼻をすする。頭なんて初めて撫でられた。
 泣くつもりはなかったのだが、やはりバレーから離れるとなれば涙腺は緩む。本当なら意地でも続けたいのだが、それ以上に私はこのチームが好きになっていた。本当に本気で全国に行きたい、いや行ってほしいと思っている。だからこそそこに私が邪魔なのであれば、いなくならなければと、思う。
 自分の感情以上に青葉青城のバレー部を優先したいと思ったのだ。そこまで本気になれたチームに出会えたことを誇りに思うし、この感情だけでもう十分だと思えた。
 今までもマネージャーはいなかったと聞くし、きっと私一人が辞めたところでなんの問題もないだろう。中学の頃はマネージャーはいなかったのでよくわからないが、少なくとも私と言うマネージャーはそんな存在だ。あぁでもいきなりやめるだなんて言って、今日の練習くらいは支障が出るかもしれない。現に岩泉先輩は練習に向かう様子ではなかったし、ボトルやアイシングの用意は全て済ませたがコートの準備は及川先輩に任せてしまう形になった。そう言えば今日はボールの空気の確認をしようと思っていたのに、それもやらずにやめてしまうことになるのかと段々と悲しいという思いが強くなっていく。他の部と共通で使用している備品庫と洗濯室の大掃除もまだ途中だし、テーピングもそろそろ買いに行こうと思っていたのにそれも誰かが代わりに行くのだろうか。
 これ以上考えるのはやめよう、明日には部費を部室に持っていけばいいだろうか。備品の在庫表も作ったからそれも一緒に渡してしまおう。あとスコアのなかった試合の映像もスコアに起こしていたから、ああ、でもあれはまだ途中だ。いや、いいか。途中でもいいから返そう。用具庫と部室も週一で掃除をしていたけれど、また埃がひっそりと溜まっていくだけで、でもそれだけだ。
 伝えるべきことが意外にも多く、紙に書いた方が良いだろうかと思ったのだが、とりあえず今戻ってくるであろう岩泉先輩にもう一度やめる理由をきちんと説明してから話せばいいかと考えた。しかし、その岩泉先輩と一緒に顔を真っ青にした及川先輩までくるだなんて、思っていなかったのだ。



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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926