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 結果を言えば、先日の行いは全て無駄だった。爆豪くんは見事に敵に捕まって翌日ニュースの一面を飾っていたし、緑谷くんのノートは私の目の前でポチャリと池の中に吸い込まれていった。
 べしょべしょになってしまったそれを下駄箱に入れるのは流石に嫌がらせだろうと申し訳程度にハンカチで表紙を拭き、本人が拾いに来るだろうと希望的観測で分かりやすい位置に汚れたハンカチと一緒に置いてきた。翌日そこを通ってから登校したがノートもハンカチも無くなっていたので予想通り拾ってくれたと思うことにした。爆豪くんに関しては意外にも突っかかってくることも無く、世にいうヘドロ事件以降全体的に大人しくなったくらいだ。警告したところで気にも留めなかったんだろうなと思うことにして今まで通り関わることなく過ごさせてもらった。のだが。
「おい」
「……なに?」
 まさか、である。あれから二週間も経った四月下旬。正確に言うと四月二十日。日直だった私は仕事の一つである日誌を当然書いていたし、ついでに言うと今日が彼の誕生日であることも知っていた。なぜこのタイミング、と思ってしまったが十中八九私が日直で学校に残ったからだろう。あの事件の事を誰かが口にするとボンと掌を爆発させていたくらいにはあの事件は彼にとっては嫌なものだったらしいし、そんな事件に直結していた私のあの行為を人前で話す気は起きなかったのだろう。恨むべきは日直になったタイミングだ。
 担任の方針で日誌の一番後ろにはクラス全員の誕生日リストが乗っており、誕生日前日の日直は帰りに黒板にそれを記して帰るのだ。翌日になると誕生日当日を朝から祝われるという訳である。土日の場合は纏めて金曜日に祝われるようにして名前が黒板に書かれる。私としてはこのシステムはありがたく、初めて日直が回ってきた今日、早速とばかりに全員の誕生日を自分のスケジュール帳に書き写していた。そのお陰でこうして残っていたのだが思いっきりそれが仇になった。今はもう黒板には誰の名前も書かれていないが20分ほど前には爆豪くんの名前がしっかりと記されていたのだ。もう一度言おう、なんてタイミングだ。
 誕生日当日に予知をしたのは自分が最後だった。けれどあれを見てしまったら、もう見たくないと思うのは当然だ。だから決して彼の眼は見ず、顔すらみず、平坦な声で返答をした。これでは彼の眼を見て怒らせない様に話そうなんて魂胆も見事に破綻、なんて間が悪いんだろう。
「これ、お前だろ」
「……うん」
 机の目の前に立った彼がずい、と差し出してきたのはあの時切って入れたノートで、案外几帳面なのか他に折り目すら増えずにそれは私の目の前に帰ってきた。というより取っておいていたことが驚きだ。すぐ捨てるだろうと思っていたのに。視線を上げたくないことを悟られない様にそれを受け取ってなんとなしに開く。記憶にたがわず自分の書いた文字がそこには残っていて、ああ自分は薄情だなあと改めて思った。あんな大変な事件を、こんな紙切れ一枚でどうにかしてと彼に押し付けたのだから。
 ぽちゃん。
 あの日緑谷君のノートが落下した時に立てた音が耳に残っている理由だって、きっと。
「個性だろ」
「うん」
「言え」
 自己紹介の時には天気を当てられると適当に答えたのだが、爆豪くんはそれを覚えていなかったのかそれとも真実を言っていないと気が付いたのか、短く言えとだけ沈むような音で問いかけてきた。まあ、そうくるよなあとため息を付きそうなのを我慢しながら正直に答える。
「条件の多い、限定的な予知」
「んでわざわざこんなことした」
 こんなこと?抽象的な言葉に一瞬教室に静寂が落ちる。意外にも一度も怒鳴らない爆豪くんは淡々とした声で言葉を続ける。こんな声を出せるのか、と多少驚きつつもどんな顔をしているのだろうという興味をそっと奥へと押しやる。しかしその言葉を理解した時、ああ、と彼の言いたいことをなんとなく把握して、そしてまた耳元でぽちゃりと物が落ちる音がした。
「こんな、余計な事、なんでした」
「……わかった、もうしない」
 思っていたよりもグッと低い声が出た。また一瞬間が空いて、そして舌打ちをひとつ残して私の手からノートをひったくる様に抜き取って、爆豪くんは教室から出ていった。
 あーあ、分かってた、分かっていたけれど。余計な事と括られてしまったら、私は私の為のあの偽善行為を、罪悪を軽くするためのそれを、彼に対してはもうできない。もう見ない様に、あと一か月耐えれば、そして極力彼と交流のある人とも接触を避ければ、何とかなるだろうか。



 - return - 

投稿日:2017/1028
  更新日:2017/1028