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これの続き


 小湊なまえ。先輩の妹で後輩の姉。兄妹のいない自分としては兄、弟だけでも全く未知の領域だというのに姉に妹となればどうにも存在の輪郭すらよくわからないというのが正直な感想だった。似てるなあとか、二人の身内が自分と同学年だというのには少し感動のようなものを覚えたが、自分には縁のなかった存在と言う印象の方がずっと大きかった。シニアの時にチームメイトの家族や兄妹が応援に来ることはよくあったし、今現在でも実家がこのあたりの野球部の家族は結構顔も覚えているくらいには応援に来てくれている。ただ、俺には縁がなかった。父親は仕事が忙しかったし応援に来るような身内もいない。それに対して何かを思うことも無かったけれど、しかしどうしてか小湊なまえに会った時、同級生が親に荷物を持ってもらいながら帰宅する後姿や、みっともないエラーをして父親に怒られ半泣きになっていた横顔を思い出した。逆に言えばそんな妙な気持ちの悪さのようなものを感じはしたが、彼女に対する印象はそれくらいのものだった。貸した眼鏡を次の日に速攻で返しに来てくれた上に御礼だと言ってミット用のオイルを貰った時は律儀だなとも思ったけれど。そのくらいだった。ああ、あと沢村が暫く「お姉さんの為にも結果をださねば」だとかなんだといって煩かった。
 そもそもなぜおれが彼女の事をこうも考えているのかと言えば、その沢村が小湊に対して今現在、彼女の会話を振っていたからだ。
「春っちのお姉さんって一つ上だったよな〜、学校って東京なのか?」
「なんでそんなこと聞くの?」
 バッサリ拒否られているが。笑って米粒をとばすところだった、危ない。しかし流石は沢村、そんな小湊のやんわりとした拒絶に全く気が付かない馬鹿である。
「あ、春っち神奈川だったか……ん?でもこの前の大会も来てくれてたよな」
「え」
「え?」
 おーっとここで小湊、沢村の一言に思わず箸を止めた!なんて実況を入れてみたがあんまりおもしろくなかったのですぐに飽きてやめた。俺には実況のセンスは無いらしい。驚いた様子の小湊は佇まいを正し沢村に向かい合う。俺としてはイップス真っ只中である沢村が自分からあの大会の話を始めたのでちょっと気が気ではない。ドキドキするから晩飯の時くらいやめてほしい。
「夏の?何戦の時に会ったの?」
「稲実」
 沢村の口から稲実という言葉が出た。俺は箸をおいた。向かいに座っていた倉持はさっきから険しい顔のままずっと味噌汁のワカメを箸に干した状態で微動だにしない、面白いからそれやめてほしいんだけど。少し離れているが顔の見える位置にいるノリにも会話が聞こえていたのだろう、これでもかと沢村をガン見していた。顎の下にめっちゃ皺が寄っていて、もし今度マウンドで一度でもその顔をされたら確実に笑うからすんなよと言っておこうと思った。あとそんなあからさまに気にするのもどうなんだ。
「バス乗る前に一瞬会ったんだけどよ〜、なんか、こう……」
「え、なに。なにその顔」
 口元をもにゃもにゃとさせてそれを誤魔化すかのように米をかきこんだ沢村。言葉を止めてしまった沢村に焦らされるような結果となった聞き耳を立てている勢が居心地悪そうにもぞもぞとしている。俺としてもあまり時間をかけて飯を食うと満腹になってくるから早く食べ終えたいのだが。大量の米をしっかり噛んで飲み込んだ沢村がふうと息を吐いたのを見計らって小湊が促すように声をかけた。一同小湊のファインプレーに内心で拍手を送りながら固唾を呑んで様子を伺う。
「姉ちゃん、なんて?」
「ん〜……なんつーか、俺もねーちゃん欲しかったなって思った」
「……本当に何話したの」
 穏やかな顔でそんなことを口走った沢村は、結局何を話したのか口にすることはなかった。



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投稿日:2018/0311
  更新日:2018/0311