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久しぶりの学校はなんだか知らない場所のようだった。小学校の時にインフルエンザにかかって一週間休んだ時もそうだったけれど、今回はその比ではなかった。日数にしては同じくらいだったが、どうにも学校にいるということに違和感がぬぐえない。まあ当たり前か、もう戻ってこないつもりでいたのだから暫くは慣れないだろう。どうせ塾も学校の授業も途中で放るものだと思っていたからそれが覆ってしまった事に関しては本当に嬉しくないが、別にここの生活が嫌いな訳ではなかったから、少しだけ浮ついているというのもある。長いこと休んで、思っていた以上に女の子たちに構われて浮かれない男はいないだろう。
「古典はここまで進んだからちょっと大変かも」
「うげぇ!えげつな!」
「一応その分のノートコピー取ってきてるけどいる?もう誰かに見せてもらった?」
「ほんま?!まだ!是非欲しいです!」
神様やぁ、なんて崇めたふりをすればくすくすと笑ってくれるなまえちゃん。構ってくれる女の子の中でも一番世話を焼いてもらっている。特にこういった授業関連。元々仲の良くしていた女の子たちはまともに授業を受けているような子達ではないし、その中でなまえちゃんくらいがまともに勉強のできる子だった。というか勉強のできる女の子は俺が声をかけただけで嫌な顔をする場合もあって、あまりこちらから声をかけること自体ない。出雲ちゃんはまああれは観察対象だったし、別である。もし出雲ちゃんが塾生ではなく一般の生徒でただのクラスメイトだったら間違いなくお互い声をかけなかっただろう。だからこそみょうじちゃんのこの気遣いは途轍もなくありがたいのだ。子猫さんに頼んでみたが「自業自得って言葉知ってはります?」なんて冷たすぎる言葉を貰った後だったから余計にである。副音声でお前のせいでこっちも授業うけられなかったんだぞとすら聞こえた。坊なんてはなっから選択肢にない、そもそも進学クラスなので授業自体違うので頼れない。
「かんにんなぁみょうじちゃん、俺に付きっきりなお陰で坊の所行けへんで」
「あはは、大丈夫だよ。それよりもまた急に休まないでね」
心配した。目を伏せてそう呟いたみょうじちゃんにウッ、と唸って見せれば「調子いいなぁ」なんて笑ってくれた。こと坊に関しては重すぎるみょうじちゃんだが、基本的には対人関係において天秤は平等にしてくれる。こちらの乗せた重りに等しいそれを乗せてくれる。だから気が楽なんだろうなと思いながらも、もしかして坊がくそ重いせいでこの子の想いもこんなことになってしまったんだろうかなんてそんなことを思った。
「そんで?ついに坊怒らせたん?」
シャーペンをくるくると回して問いかければ、暫く返答が帰ってこなかった。それを気にすることなくくるくると回るシャーペンにこれもグリップが古くなってきたから変え時だろうかなんて考える。あ、と思ったときにはころころと机から落下したそれにどっこいしょ、なんて声を出して手を伸ばす。惰性で椅子に座ったまま無理に伸ばした手は微妙にその目的物に届かなかった。
「……こわ、志摩君ほんとこわ」
「ありがと〜なまえちゃん〜拾ってくれると思っとったぁ」
机のした、パイプの足が囲った教室の床に伸びてきたのは彼女の手で、小さいその手がさっきまで回していたシャーペンをあっさりと拾い上げる。はっとして慌てて顔をそちらにむけたが、なにぶん窮屈な体制を取っていたせいであまり身動きが取れず、無念男志摩、パンチラの可能性があったにもかからわずその瞬間に間に合わなかった。
「心のシャッターチャンスが……」
「志摩君って結構わざと会話してくれないときあるよね」
「こわいって言われたことの現実逃避くらいさせてくれん……?」
およよ、なんて演技たらしく口に出しながら机の下から体を出せば、ころんと転がされたシャーペン。心外だと顔に出して眉を下げ、なまえちゃんを見やればあからさまな程にため息を付かれてしまった。
「まあなんにせよ、僕はなまえちゃんの味方やで」
その言葉に対して、今までの表情を一転させ、「嘘ばっかり」なんて嬉しそうに可愛く笑うものだから、ちょっとだけ、ちょっとだけだけれどきゅんとしてしまったのは誰にも言えないなぁと薄らと思った。
投稿日:2018/1020
更新日:2018/1020