モナリザ

いぶきが俺に対して言うべきこと、不審に思うべきことがここ一週間で山のように増えた。
見てもいないのにどうしていぶきの携帯を弄った犯人が分かったのか。聞いてもいないのに会社の場所どころか退社時間まで把握しているのか、家の住所をなぜ知っているのか、一定時間毎にメールでの報告義務はあるのかなど言い出したらきりがない。疑問に思え、不審感を抱け、危機感はどこにやったお前。だいたい毛利探偵のお手伝いだとか自分の勉強の為などというあんなふわふわした理由をすっかり信じている所から頭が痛い。
それだけではない、何度も何度も所謂思わせぶりな言動をとってもちっともいぶきには通用しなかった。こいつは本当に女なのかと二三度疑った。普通なら自分を特別視してくれているんじゃとか思うだろう、思えよ。誰が好き好んで徹夜の身体を引きずって反対方向に等しい位置にある家まで送り届けるんだ、微塵もその線を感じ取らない鈍さに脱帽だ。挙句に「彼女さんに悪いです」なんて言われた日には意味もなくクラクションを叩きつけたくなったが笑顔で乗り切った。本当に俺は良くやったと思う。


「遅くなりました…!」


「お仕事お疲れ様です…あ、コーヒーすみません幾らでしたか?」


パタパタと駆け寄ってきた彼女に助手席に乗りだしてドアを開けて迎え入れる。手に持っているコーヒーを見てそう言えば「丁度事務所で頂いたものなので」なんて見え透いた嘘をつかれた。受け取ったそれはまさに今まで冷やされていたように冷たいし彼女が動く度にポケットから微かに小銭の擦れる音がする。
いぶきが安室透に対して強い自責を感じているのは分かっていた。何度も申し訳ないと告げ大丈夫だと断ろうとするのを笑顔で流しているうちに罪悪感に苛まれ始めたのだ。それでも別にいいと思った、そうやって自分の事を考えてくれているのなら悪い気はしないなと放置していればどういう訳なのかこいつは貢ぐように物を買ってくるようになった。流石に女に貢がれる趣味はないと表情に出せば察したのか控えるようになったがいつか現金を渡してきそうだと考え、妥協案として今日は安いコーヒーを指定したのだ。現金なんて渡されてみろ、俺はタクシーじゃないと叫ぶぞ多分。


「そうなんですか、ってえ?五本も?」


「良かったらどうぞ」


違う、そうじゃない。鞄の中から出された同じコーヒーに頭を抱えそうになるのを耐えて一本は彼女がそのまま持ち帰るように言いくるめた。その量を持って走ったら重かったろうに。頭の中で五本分のコーヒーの値段が丁度いぶきの家までのタクシー代になりそうだと算出してしまってプルタブを思い切り引きすぎてそのままボロりと取れてしまった。それを鮮やかに隠し受け取ったコーヒーのもう一つを開けていぶきの方にあるホルダーに入れて飲むように促せばしぶしぶ口をつけてくれた。


「そういえば以前あなたを襲って捕まった男が家の前を彷徨いていたのでまた警察に連絡しておきました」


「ッグ」


コーヒーが変な所に入ったらしい。ざまあみろ。ちょっとやり返してやった気持ちになって車を発進させると苦しそうな声で「どういう、」と説明を求められたのでチラリと横目で確認すれば見事に涙目で顔を赤くしたいぶきがいて盛大にカウンターを喰らった。


「、どうやら未練が晴れなかったようで…脅迫文を持っていたのでそのまま逮捕されました」


「あ、安室さん怪我とかは…」


「え?僕ですか?大丈夫ですよ」


あんな素人に殴られるはずもない。カッターを持っていたが振り回していても刃が出ていなかったのでなんの問題もなかったしなにより男はのろまだった。あんな奴に殴られそうになりあげく庇われた赤井とかいうFBIの気が知れない。


「それより、あそこの自宅は良くないですね…一昨日も妙な宅配物が届きましたし」


「そうなんですか…」


疑問に思えと突っ込みたくなったがそうされると自分が面倒なのでわざわざそうしない。宅配物の中身は吐き気がするほど趣味の悪いものだったと言っておく。付着していたモノでDNAは出るのですぐに捕まえられたが同じ男として引いた。


「良ければ物件も探しておきますか?」


「え?!」


「あ、そういえば僕の部屋の隣が空いてるんですよ、セキュリティもいいですし口利きも出来るのでどうで、」


ピリリリリっと言葉を遮るように鳴った電子音にいぶきが慌てて携帯を取り出す。伺うようにこちらを上目で見上げてくるのでどうぞと笑顔で促す。自身の家の隣に引越しさせようと言うのは半分冗談だが今の家から引越しさせたいのは本当だ。あの家はヤバイ、女独りであるのに一階に住んでいるしオートロックでも無ければ二重玄関でもない。鍵も簡単にピッキングできる型であったしベランダからの侵入も容易そうだった。加えて厄介な連中が家を知っているらしく不審物が届く、ポストを覗き込む男がいるなどここ一週間、しかも俺が確認した時間の間だけでもこんな有様なのだ。早々に引っ越せ本当に。


「すみません…も、もしもし…はい、久しぶりです沖矢さッ!!!」


急ブレーキを踏んだせいで舌を噛んだらしいいぶきがウルウルと涙目で口を抑えていたので色々押し殺して流石に謝った。
その顔はエロい、ちょっとこっち見ないで欲しい。



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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005