モナリザ
「えっと…依頼のお手伝い、ですか?」「ええ、橘内さんがよろしければお付き合いしてもらえたら、と」
「や、やります!」
コーヒーの事から学んだ俺は、違うベクトルでいぶきが貢がなくなるようにする方法を提示した。それが探偵の依頼の手伝いである。実際には依頼と表したただのデートだが予想通り気がつく様子もないいぶきは嬉しそうにホクホクと笑っている。だが「なんでもします!」は聞き捨てならない、誰にでも言ってそうだからやんわりと窘めたが響いていないだろう反応を返されたので舌打ちしたくなった。午前休なのだといういぶきは安室のシフトを確認した上でポアロに赴いてくれた。紅茶と頼まれていないパスタを出せばオロオロとしていたが笑顔で促せば大人しく食べ始めたので恐らく後で払うつもりでいるのだろう、そうはさせないが。
「私は何をすればいいですか?」
「明後日一緒にここに行ってもらいたくて」
客足も少ないのでカウンター越しに携帯を差し出して顔を寄せる。フォークを置いてそれを受け取ったいぶきが伏し目に携帯の画面を確認しているのをガッツリと眺めた。多少顔色が良くないのは昨日盗撮されていたのを指摘し、その写真を彼女の前でばらまいたからだろう。そうでもしないと反省もせずバシャバシャと撮られるんだからしょうがないだろう、ある意味説教だ昨日のあれは。いぶきが顔を上げる気配があったので笑顔を貼り付けて表情を乗せた。
「ショッピングモール?」
「ええ、そこの営業担当の方からの依頼で抜き打ちで従業員の接客態度を査定して欲しいらしく…所謂覆面ってやつですね」
「こ、こんな大きな所から依頼が来るんですね」
「これも毛利先生のおかげですよ!でも流石にここに一人でというのも寂しいので…女性と一緒の方が違和感のない店もありますし」
なんて簡単に言いくるめられたいぶきはなんの疑問も持たずに当日、指定した通り着飾って家の前で待っていた。ソワソワと何度も腕時計を気にしながら時間の二十分も前には外に出て待っていたいぶきに少したまらなくなったが、五分程で気持ちを落ち着かせスマートに彼女を車に迎えた。ボレロの網目が大きめのニットに黒のレースのついたタンクトップを中に合わせていてふわりとしたシルエットだが黒のタンクトップで返って細く見えるくらいだ。似合わなくはないが下はスキニーじゃなくてスカートなら尚よかった。ニットから素肌が覗いているのに清楚な印象を受けるのはこいつの人と成りを知っているからだろうか。服装をこれでもかと褒めちぎればいくらいぶきでも照れたのかハニカミながら礼を言われた。スキニーなのも許そう。
もともと、手伝いという方法に関しては早いうちから思いついてはいた。しかし潜入捜査をしている身である自分が特定の女を連れているとなれば今度こそいぶきに危険が及ぶ。そうなっては元も子もないので案から外していたのだが、月がまわってきた。ベルモットは任務で英国、ジンとウォッカはイタリアンマフィアに喧嘩を売られたとかでこちらも国外。コードネーム持ちが挙って国を出ているのだ。それだけでも精神的に休まるものだが嬉しいことにコードネームも持っていない下っ端で情報屋バーボンの顔を知る者を全て刑務所に収容し終えたばかりだったのだ。その激務と成果のおかげで上から暫く本業の仕事の休みを貰った。潜入中に休みと言っていいのか謎だが、普段の書類作成やらの雑務を免除されたので登庁をするなという意味で休めと言うことだろう。
そこまでお膳立てされれば死角はない、ここぞとばかりにいぶきを連れ出した。例え当の本人が探偵の仕事の手伝いだと思っていたとしても、言われたから着飾って来たのだとしてもなんら不満はない、決して、微塵もないったらない。
勿論依頼なんて大嘘である。その嘘に託けて依頼人からここでの買い物は経費で落ちるなんて嘯いたから合理的にいぶきに貢ぎ返す所存だ。でないと気が済まない。
「二人ですからカップルとした方が違和感がありませんよね、橘内さんは嫌ですか?」
「大丈夫です!」
余程安室の手伝いというのが嬉しいらしい、イエスマンかと言いたくなるくらいの即答を返されたが少しは恥じらえと思わなくもなかった。白状しよう照れると予想していた、負けた気分である。
「橘内さんほどの美人が彼女なんて、今日一日僕は贅沢ですね」
「安室さんったらノリノリですね!」
そうじゃない。
「烏滸がましいですが、いぶきさんと呼んでもいいですか?」
「でしたら私もお名前でお呼びしますね!………」
忘れるなよ透だよ馬鹿野郎。
2017.5.31
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005