シルベストリス
パンッと、破裂音のようなものが耳元でなった。なにか割れたようなその音に一瞬視界がぐらつき、呆然としているとそんな私にイラついたように罵声が投げかけられた。「透さんは私のなんだから…!こっのビッチ…!」
わ、わあ。初めてそんなことを言われちょっと感動しつつ、熱を孕み始めた頬に無意識に手を当てた。まるで井戸端会議の奥さんのような格好をして、それでもよく理解できない内容に何も言わずに狼狽えていたら慌てたようにカウンターから梓ちゃんが出てきて「大丈夫ですか?!」と布巾を渡してくれたので零れてしまった紅茶を拭くために使ったら今度は梓ちゃんに怒られた。
「そうじゃなくて!ほっぺた!冷やして早く!」
「いやでもこれ布巾…」
「間違えたんです!!」
そこでやっとビンタされたのだと気が付き、遅ばせながら痛い、と呟いてしまう。ほらぁー!と慌てながら氷の入った袋を用意してくれた梓ちゃんに御礼を言いつつ、既にその彼女がいなくなっていることに気がついた。幸いなのはポアロに私とコナン君しかいなかった事だろうか…なんだか最近コナン君に情けない部分しか見られていない気がする。
「ねぇいぶきさん、さっきの人に見覚えは?」
「ない、んだよね…」
脱色したように色の薄い髪の毛を綺麗にカールさせ、頬のチークが林檎のように赤かった。可愛らしい子であったが恐らく歳も二十歳そこそこ、接点も思い浮かばずしかし心底怒っていた彼女だったので知らぬうちになにかしてしまったのだろうと溜息をついた。私ダメ人間じゃあないか。冷た過るほどに頬や手を冷やす氷の袋は結露でべしょべしょと容赦なく頬を濡らしたがまったく構わなかった。
「びっち…びっちかぁ…」
「やめていぶきさんからそんな言葉聞きたくないです」
「いやでもそう思われてもしょうがないよなぁって…はぁああ」
「そんなことないですぜったいです」
「梓ちゃん落ち着いて」
びっくりするほど低いトーンで言われたのでちょっと怖い。しかし彼女の言葉を否定しようにも私は事実、複数の男性と関係があった。同時になんてことは絶対にないと誓うがそう言われ罵られてもおかしくない数の方と縁があった。ビッチ…うう…。そうか、そうだよね、そうなるんだよね。真向から指摘され物の見事に私は凹んだ。無自覚ビッチ程タチが悪いと、現在スナックのママをやっている友人も言っていたのを思い出して更に凹んだ、べっこべこである。
「とりあえず安室さんに連絡してみたら?」
「なんで安室さん…?」
「え」
コナン君が項垂れる私を励ますように明るい声でそう言うがどうしてここで安室さんが出てくるのかと首を傾げる。なんで?と聞けば「ビッチの衝撃かよ」ととんでもない言葉が聞こえてきたので思わずコナン君の口を手で塞いだ。むり、ほんとやめて欲しいコナン君の口からそんな言葉絶対聞きたくない。梓ちゃんの気持ちが分かった。
「コナン君になんて言葉を聞かせてしまったんだ私は!忘れてね!覚えないでね!もう言わないで!!」
ぶんぶんと首を縦に振ってくれたので安堵しつつやっぱり落ち込む。なんて教育に悪い女なんだ私は。奥でなにやらバタバタしていた梓ちゃんがマスターと共に救急箱を持って出てきた時は泣くかと思った。本当にごめんなさい。でも救急箱は要らないと思うと伝えたのだがどうやら爪で引っ掻かれてしまったるしく薄ら赤くなっているらしい。血は出ていないが見ていて痛々しいからお願いとマスターにまで言われれは喜んで頬を差し出すしか私には道はなかった。
奇しくもつい一ヶ月前にガーゼを貼っていた場所に同じくガーゼを貼ってもらい余計に痛々しい見た目になったのではと思っていると、梓ちゃんが安室さんに連絡入れました、と伝えてきた。
「…さっきコナン君も言ってたけどなんで安室さん…?」
「え?!」
驚いたような梓ちゃんと呆れたようなコナン君。んん?と思考の海にダイブして考えを纏める。突然に見覚えのない女の子からビッチと言われ、ビンタを貰った。その理由は?私が彼女の彼氏と付き合ってしまった?もしくは彼女の彼氏と知らずに勘違いされるような事をした?ようはそう罵られる訳が重要なファクターであって、問題は私と彼女だけに留まらない。
そういえばこの前の探偵業務のお手伝い、安室さんは本当に演技が上手く周囲から見れば自然なカップルを装えたはずだ。現にたまたまその場であった元彼に「彼氏出来たのかよ」と言われたんだから間違いない。
安室さん、安室さん?そういえば私は安室さんに言ったことがあるではないか、ずっと不安に思っていたではないか。悪いと、申し訳ないと。
ピーン、と恐ろしい事実が浮かび上がってガタリと立ち上がってしまう。なんてこった、やってしまったらしい。
「安室さんの彼女さん?!」
「僕違うと思う…」
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005