シルベストリス
梓さんから連絡があったのは本業で呼び出しを受けていた時だった。ついこの前休めといった舌の根が乾かぬうちにこれだ。なんでも別件で不手際があり人手が足りないらしく急遽俺にヘルプが来たのだが常々思う、人手はいつも足りないと。警視庁の有能な公安を引き抜けと何度も進言しているのになかなかそれが通らない腹立たしさもあったがここの仕事が務まる人間がそう多くないというのも理解しているので二つ返事で警察庁に赴いた。着いた途端むさくるしい部下が目の下に隈をこさえて「神よ!救いはあった!」などとすがり付いてきたのでどうやら相当切羽詰まっいたらしい。よくある光景であったが自分が徹夜明けでないとこのテンションは不気味だなと知った、キモいぞお前ら。そんな中で受け取った仕事はそれなりに量のあるものだったが捌けない程でもなく指示を飛ばしながら効率良くこなしていた。誰も彼も疲弊しきっており上司ですら俺の登庁を痛く喜んでいるのを感じられた。そもそも仕事人間と言われるくらいにはこの仕事が好きな自分としては珍しくすっかりと休養をとった身体で仕事をしていたのもあって気分も悪くなかった。そんな時にバイブレーションで着信を知らせたのは安室透の携帯で震え方からメールだと分かりその場で携帯を開く。ついでだし少し休もうといぶきがくれたあの缶コーヒーを開けて口に運びながら片手で携帯を弄る。相手は梓さんからでポアロにヘルプか?とその文面を見て。
「ッブ」
「ふ、降谷さん?!」
丁度用があったのか風見が背後にいたらしく突然コーヒーを噴き出し噎せ始めた俺に見事に狼狽えた。まさか毒が?!なんて一部始終を見ていたのだろう様子で俺の手からコーヒーを奪おうとしたので違うと片手でそれを制する。しまった器官に入った。ゲホゲホいいながら風見に何のようだと言えばおずおずと資料を渡される。見れば任せていた下っ端構成員の調書と割れた身元のリスト。そういや後始末を任せていたと思い出し礼を言えばいえ、と淡々と返された。
「それより、その、大丈夫ですか?」
「っああ、大丈夫だ」
「なにか不手際でも?」
安室透の携帯にチラリと視線を投げながら問われたので今一度その内容に目を通し、今度こそ頭を抱えた。見慣れない俺の様子に存分に驚いてくれた風見が心底不安そうに何があったのか聞いてくる。相変わらず顔に似合わない甲斐甲斐しい性格だと思いながらそういえば、と昔を思い出した。やっと咳が治まったので一つ溜息を吐きながら両手を組んで姿勢を整えた。周りから見ればよほど深刻そうな様子に見えていたらしいというのは余談である。
「時に風見、お前いぶきに会わせたことあったよな」
風見がここに配属されて暫くした頃、当時から周りより抜きん出ていたこいつを気に入っていたのといぶきと同い年だというのもあって高校の時の後輩だと嘘をついて会わせたことがあった。風見もあいつも気があったのか話が盛り上がっていたのを覚えているから間違いない。その後に会わせた記憶はないが確実に一度はある。その時はまだ自身に潜入捜査の話は上がっていなかったし、ガチガチの堅物だった風見を少しでも和らげてやろうと会わせたのだ。こいつときたらプライベートまでガッチガチでそのうち警察庁に住むんじゃないかと思うくらいには公私混合させていて見ていられなかったのだ。あれじゃ一般人に全く見えなかった、堅気に全く見えなかった。だから上司にあたる俺でもプライベートはあるという所を見せてやった…念のため風見には偽名を使わせたがかねがねその目論見は成功しいい具合に風見の肩の力が抜けた。
「え、あ、あぁ…橘内さんでしたか?お付き合いされていた方ですよね?」
「ああ…」
流石というか当たり前のようにもう別れていることを察した風見はその原因がこの仕事にあることまで思い至っているだろう。相変わらず頭の回転は良いらしい。
「安室透の依頼人がストーカーと化してな…バイト先の方でいぶきに手を上げたらしい」
「どういう事ですか」
あまりに端折り過ぎたせいで理解は及んでいないようだがとりあえず穏やかではないのは分かってくれたらしく風見の纏う空気が陰険になった。俺は俺で回転のいい頭で確実にいぶきが勘違いしているだろうことまで予想できてその可能性の高さに撃ちひしがれるしかない。そろそろヒットポイントがゼロになる、瀕死だ。「やっぱり彼女いたんじゃないですか!」と怒るあいつの顔が浮かぶ。滅多に怒らないあいつをこんなことで怒らせるのも癪でしかない。どうせならもっと違う怒られ方をしたい。なんて項垂れていたら気が付かぬうちに風見が「降谷さんの奥様が被害にあった」なんて部署の連中に触れ回ってくれやがった後だった。お前も徹夜明けか、ふざけるなよ風見。こんな所で外堀つくったってなんの意味も無いどころか俺の心労にしかならん。
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005