ポルト

徹夜続きの部下が早まってくれたお陰でいぶきの過去はしかして、ここに明らかにされた。なんとか平然を繕っていぶきを家に送り、安室の家についてすぐにパソコンに向かえば部下からのメール。警察官の結婚相手はその身元と家族の経歴が洗われるのだが、早まってくれたらしい風見が問題の母親と父親について調べて知らせてくれた。あいつの事を許すことにして内容を確認すれば、悲惨と評していいであろういぶきの知られざる過去が明らかになった。

コナン君の言っていた内容は当たり前だが書かれていなかったが統合して考えれば全貌は簡単に読めた。
母親は組織の人間、組織のスポンサー企業に務めていたらしい父親を探るべく近寄り結婚し、子供まで産んだ。その後父親が意図せず組織の不利になる契約を他社と結んでいようとしていることが判明し、それを阻止するために躊躇いもなく父親をいぶきの目の前で殺害。当時警察官であった現警部の目暮警部補が捜査を担当したらしい。容疑者として母親も疑われてはいたが決定的な証拠が見つからず逮捕には至らず、捜査は難航。当時10歳だったいぶきの目撃証言を警察は鵜呑みにできず、三年ほど犯人が不明のまま。途中毛利探偵が捜査に参加していることに驚いたが目暮警部と二人、独自に捜査を進めていくうちにその一人娘の様子が可笑しいことに気がついた。虐待の容疑で任意同行を求め家に向かえばその時にはもう全てが遅く、母親は13になった娘を一人残して荷物も全て持って消え失せていた。
その後他県の海で水死体となって発見、恐らく組織に用済みと消されたのだろう。すぐに保護された子供は酷く衰弱しており、警察病院に入院している。お陰で詳細なカルテが手に入ったようで心身共にボロボロになったであろう子供の状態が手に取るようにわかった。メンタルケアが必要とされる程に辟易しており、しばらくは全く笑いも泣きもしなかったという。遠い親戚に引き取られその後は経過を見つつ通院していたらしいが中学校を卒業する頃にはすっかりそれもなくなっていたが、受けた傷が癒えたとは言えないだろう。
毛利探偵とのやり取りを見るに、いぶきは彼が当時自分を救ってくれた警察だと気がついていない。毛利探偵がどうしてあそこまでいぶきを気にかけているのか、その根底がこの過去にあったのをきっと蘭さんも、コナン君すら知らない。間違いなくあの人は自分の先輩なのだと、その裏に潜んでいた事実を知って思い知った。

こんなこと、全く知らなかった。あいつの家族の話すらしたことが無かったと今更気がついて、同時に自分が一番彼女の中で傷となって残ってしまった理由も分かった。まるで、いぶきの母親と同じ消え方を俺はした。突然一緒に住んでいた部屋から荷物と痕跡全て消して居なくなった。トラウマを抉るその行為をいぶきはどう受け止めたのだろう、今初めてあいつに降谷だと気が付かれなくて良かったと心から思う。そんな男のことなどはやく忘れてしまった方がいい。

けれど、それでも。
あいつの根本の部分を知って、きっと愛されることに慣れていないのであろうと気がついてしまって、どうしようもなく隣に居たくなった。どうしようもなく抱きしめたくなった。どうしようもなく、愛おしく思った。全てを赦すその性は自分を殴る母親を赦すことしか出来なかった強迫観念に似た幼い頃のトラウマによるものだ、誰かと繋がっていたいという寂しさは、そんな母に捨てられたから恐怖からくるものだ。
あいつといると、甘えてしまってしょうがなかった当時を思い出す。仕事の事を聞かないでいてくれる、どんなに帰りが遅くなろうが何日も帰らなくても連絡が途絶えても、あいつは笑っておかえりと言ってくれた。不安も不満も何一つ言わなかった、それを疑問に思わなかった俺はとんだ間抜けだ。ああ、そうだよな、そんな信用ならない男に不安なんて言えるはずがないよな、お前、怖かったんだよな、そうだったんだな。許しても許しても、母親と同じようにいつか消えてしまうんじゃないかって、あいつは脅えていたのだ。それをひた隠しにして笑って俺の平穏な日々を護ってくれていたそれこそが、本当の彼女の弱さで、優しさで、強さだ。それを知らずに甘受していた自身を恨めしく思うと同時、彼女にそれを返したいとそう思って仕方が無い。
当時、まともにあいつに言葉を向けなかったことを心から後悔した。言葉にしないぶん、態度で示していたつもりだったしそれでいいとあの頃は思っていた。
けれど、今は願う程に思う。


「…」


はくりと、音にせずに一番彼女に伝えたい言葉を空気に溶かす。嗚呼、言葉で知らしめたい。言い聞かせて、わかって欲しい。
くだらないプライドも外聞も捨てて向き合いたいと、願わずにはいられなかった。

まずは、そうだな。全てが終わったその時まであいつが傍にいてくれるように。これからを始めるために、すべてを早く終わらせよう。


2017.6.2

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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005