ミルラの樹木

ガラス製のティーポットに少量の熱湯を入れ、お湯を回しポット内の温度を高める。温まったら一度そのお湯を流し、新たにお湯を定量注ぐ。パックの中に入れたアールグレイの茶葉をそこに落とし色が濃くなるまで蓋をして60秒。透明度のある水色を作る為にはこれ以上の時間をかけない方がいい。そしてストレートのグラスに氷をたっぷりと入れ、そこに一気に熱い紅茶を流し込めばアイスティーの完成である。氷が溶け紅茶が薄くなることを計算した上でいい塩梅に調整するのがなかなかに難しく、人によって薄すぎたり濃すぎたりと性格の出るものでもある。言わずもがな、教科書通りの完璧な色味の出たグラスに黒のストローをさし、コースターと共に注文のあった席…いぶきの座っている席へと持っていく。どうやら今日は梓さんではなく蘭さんと園子さんと約束をしていたようでいぶきが入店して少し話している間に彼女たちはやってきた。


「お待たせいたしました」


「ありがとうございます」


これでもかと爽やかな笑顔をいぶきに向けてごゆっくり、と微笑む。それでもちっとも響かないいぶきの女としての本能のような部分は壊死しているに違いないと最近疑っている。しかし今日の目的はそんな薄いものではないのでそれでも良しとしていぶきに熱い視線を投げつけてカウンターへと後ろ髪を引かれるような素振りで戻る。全力の演技にどっと疲れたような気もしたが終えてしまえばこちらのものだった。


「いぶきさん最近安室さんと仲いいわよね」


きた、とその声に耳をそばだてながら内心でほくそ笑んだ。妙に向けられる笑み、意味深な視線、離れがたいような態度。それらを見せて恋愛話が好きな女子高生が喰いつかない訳がないのだ。それを狙って分かりやすいほどに態度に出したのだが予想通り彼女らは釣られてくれた。これで俺の演技が不味い訳ではないと分かって少し安心したのはここだけの話である。ここのところずっといぶきに対しあからさまと言ってもいいくらいのアプローチをしているのにあいつと来たら本当に全く持って靡かないのだ。お陰でプライドがボロボロになりかけた。そして今女子高生二人の反応からやはりあいつの反応が女として可笑しいのだと判明し安堵した、いや正直頭を抱えたい気持ちもあるが。
けれどこうして他人から指摘されたのならばあいつでも意識せざるを得ないだろう。それを推測しての行動だった。


「え?そうかな」


「だってさっきもなんだか安室さん、いぶきさんにあっつい視線送ってたわよ」


流石園子さんである。なんでもそういったことを勘繰るのが好きな女子高生らしく見事に邪推と言われるようなことまで言ってくれた。まさしくそう意図して視線を送っていたのでコーヒー豆を挽きながら少し憂うような表情を作った。


「ほら!安室さんなんだか思い悩んでる顔してるし…!」


「…そう?」


「もしかして安室さんって…!」


きゃー!と手を取り合ってはしゃぎだした園子さんと蘭さん。そうそう、その調子と彼女たちを応援しながら当の本人はどうなのだと気になって仕方がないがこちらに視線が向けられている気配があるので甘ったるいため息を付くだけにしておいた。余計に色めきだった女子高生に煽りすぎたか、とすこし反省した。少し面白かったので調子に乗ってしまった。そうだよな、この反応が正解だよなそうだよな。車をバックさせるときに助手席に手を回しても助手席の窓を開けてぶつからないか確認しだす、さりげなく荷物を持つ際に手に触れても自分で持ちますと半泣きになるエトセトラエトセトラ。これらはいぶきが特殊だったからであって世間一般の女性は普通きゅんとするものであっているんだよな?先日とち狂って女性雑誌を買ってしまったくらいには女心が分からなくなっていた俺からすれば二人の反応はありがたいものだったのだ。さあもっと言ってやれ。


「悩ましいため息…!!」


「いぶきさんあんな色男落とすなんてやるぅ!」


「え?私?梓ちゃんじゃなくて?」


挽いたコーヒーを綺麗に机の上のばら撒いた。
まてまて、二人もそんなハッとしたような顔をするなちょっと待ってくれそうじゃない。


 - return - 

投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005