ミルラの樹木


バーボンの仕事をしている間にこれだ。油断も隙もない。疲れきっている俺にこの仕打ちとはどういう事だと天井を仰いだが慰めてくれる人間はいない。大きくため息をついて現実に立ち向かうべくパソコン画面を睨む。

『では当日、楽しみにしていますね』
『こちらこそ誘ってくださって本当にありがとうございます、僕もデート楽しみにしています』

バキッとマウスが粉砕した。流れるようにそれを袋にいれ、新しいマウスを引き出しの中から取り出す。これで五代目である。マウスとは消耗品だったのだろうかと思うほど買い換えるスパンが短いお陰でストックまで用意する始末だ。自分が目を離した隙にいぶきと沖矢がなにやら会う約束を取り付けていた。不幸中の幸いはコナン君もいる事だがそれでも許し難い、とくに沖矢の最後の一言。またイラッとしたので慌ててマウスを手放し、右手の拳を左手で数回受け止めた。
デート?デートって言ったのかこいつ、いぶきに??コナンくんもいるのに?デートだと?巫山戯てるのか。時間経過のため暗くなったデスクトップに映る自分の顔が数人殺した殺人犯のような形相なのをみて、やっと落ち着こうと意図して息を深くすって、吐いた。三人で行く予定だというイベントを調べてみると普通に楽しめそうな内容で余計に腹立たしかった。俺が齷齪と働いている時にいぶきが沖矢の為にこれを調べていたと思うと辛いものがある。
謎解きゲームねぇ、と詳しく内容を見ていくと導入はモチーフであるシャーロックホームズのショスコム荘の通り、屋敷に住んでいる奉公主であるロバート卿が発狂したと従者であるメイソンから依頼がある。夜な夜な納骨堂でなにやらこそこそとしており、死体を掘り返しているだとか、仲の良かった妹といざこざがあり、彼女が大層可愛がっていた犬を他所へとやってしまったりだとか。その原因を突き止めてほしいと依頼を受けたホームズだったが、捜査中になんとショスコム荘の暖炉の中から黒焦げになった人骨が発見されたと聞き、急遽不審なロバート卿の行動を追うためにホームズと共にショスコムに向かう、フリをする。実際に小説でもホームズはショスコムには向かわず、緑竜亭という場所に向かい事件の真相の鍵を持ち帰るのだ。この緑竜亭、実はロバート卿の妹であるビアトリスの犬を譲り受けた先であり、ホームズはこの犬を迎えにここに訪れたのだ。イベントではこの緑竜亭からなぜか出られなくなり、時間以内にショスコム荘に向かわなければ犯人が逃げてしまうというもの。
事件の真相はビアトリスだと思っていた人物は全くの別人であり、彼女の可愛がっていた犬をビアトリスに向けて放つと吠えつき噛みつき自分の主人を殺し成り代わった女を襲うのだ。ここでいう犯人はこのビアトリスに成り代わった女で間違いないだろう。

その粗筋を思い出しながらなんの意図もないだろうに少しだけ背筋が寒くなった。お前と同じ部屋に閉じ込められる沖矢という男も実際には全くの別人でありそれを共謀した少年まで一緒となれば彼等としても思う所はあっただろう。そしてまた俺にもそれは言えることなのだ。
存在しない人間に成り代わり、周りを騙している。そんな犯人の末路はどうだっただろうか。そこまで考えてあいつにそんな考えがあるはずが無いと頭を振って苦笑を漏らしホームページを改めて一読し、不穏な単語を見つけてしまった。密室、とな。

巷で噂のリアル脱出ゲームというやつか。ということはなんだ、密室に沖矢と閉じ込められるということか、そうか。あの男、それほど死にたいらしい。
殺意を込めて発砲許可申請書を書き殴ってそれをこれでもかと勢いよく破り捨て気分を収めたが腹の虫はいまいち大人しくならなかった。




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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005