箱の中の赤子


あの工藤新一くんが仲良くしていたという橘内いぶきという人物とちゃんと会話をして思ったことは「普通だな」というありふれたものだった。普通に優しくて普通に和やかで普通に可愛い人だと思った。本当の最初の出会いは痴漢にあっていた所を助けた時だったけれどあの時は本当に偶然だったしなにより彼女の事すら知らなかった。だからすぐに思い出せなかったのも本当で自分で思い出して驚いたくらいだ。最初に話した印象はだからこそ普通にぴったり当てまったので、同級生二人が言うほどの人なのか?と思ってしまったのはしょうがないと思う。
でもその印象は数刻で塗り替えられていく。話しているうちにこの人が物凄く人を見ているのだと気がついた。人の機嫌、動き、内心に敏感でそれらを予測してものを話している。本当は話しにくいのであろうに誠実さだけで過去の話をしてくれて、気落ちしないようにと笑って。純粋に凄いなぁと思って納得した、確かにこの人といるのは居心地がいいかもしれないと。だから兄と気が合いそうだったのになというのも本音である、あの気難しかった兄にこの人なら難なく合わせられたんじゃないかとそう思ったのだ。

だからイベントに参加するといういぶきさんに声をかけてしまった時はやってしまったかな、と反省した。ああ言えばこの人が誘わないなんて選択肢はないも同然だったし意中であるという沖矢さんと一緒だと聞いた時は焦った。結果的にはコナン君もいるらしいから良かったけれど。そしてその後である、驚くべきことにいぶきさんからご飯の誘いを受けたのは。初めは意図を測りかねて思わず黙ってしまった。もしかして同情?なんて一瞬考えてしまったけれどこの人の性格上それは無いだろう、そう考えた時にいぶきさんがどうも様子が可笑しいことに気が付く。なんというか、本当に言ってしまった自分に慌てているというか、そんな感じ。それをみてぶわわと湧き上がったのは優越感に似た感情で、もしかしたら滅多と無い珍しい場面に自分が居合わせたのではないかと気が付いてしまった。こんないぶきさんを、蘭君や園子君、新一君は知っているんだろうか。きっと知らないだろう、だっていつだって話に聞くこの人は大人で、隙は見せても甘えは見せないような人物像だったから。本人と話していてわかるが、いぶきさん自身友人は多い方で休みの日はかわるがわるその友人達と過ごしているのは察していた。けれどその友人達ではなく、もっと付き合いの長い同級生の二人でもなく、僕にその一面を覗かせた。
少し頬を赤くして視線を彷徨わせて困った表情を見せてくれたいぶきさんは自覚はないのだろう、我儘な事を言ってしまって後悔している様にしか見えなかった。それに単純に彼女の申し出が嬉しく思えたのだ、同情とかではなくて、ただ自分と食卓を一緒にしたいと言ってくれる人がいるというのは存外悪くない。

それで申し出に乗ったのだが、謙遜する割にいぶきさんの料理は美味しかった。図々しいかと思ったがホテルの部屋で待っている人にも食べさせたいなーなんて思ってしまって、すこし多めに作ってくれたそれをホテルに持ち帰ってもいいかとダメもとで頼んでみた。するとこちらが吃驚するほど気前よく、むしろ喜んでタッパーに詰めてくれたので「明日の朝も食べたい」なんて嘘を付いてしまったことを申し訳なく思ったくらいだ。


「今日は?」


「今日はね、リクエストしてたミートパイとスコーンとスープ!スコーンは明日食べよう、あ、サラダも貰ったんだった」


「またこんなに貰ったのか…」


呆れたような顔でそれらを見つめてくるママに、だってくれるんだものと言い訳する。それになんだかんだいってママだっていぶきさんの料理を気に入っているのを知っている身としてはどうも責めるような目で見られても溜飲が下らない。このスコーンだってママのリクエストだろうに。いや、悪いとは思ってる。食費も全部向こうが持ってくれているしなにか返さないとなーと思ってはいるのだ。でもそんなことを気にしないようになのか本当に毎回嬉しそうに家に招いてくれるものだから。今では一日おきにお邪魔しているうえ、こうしてホテルで待っているママの分までなんの疑いもなく持たせてくれる。しかも一日おきの夕飯とは別に平日に、夕飯の日と違える様にお弁当まで用意してくれているんだから流石に頭が上がらない。初めてお弁当というものを受け取った時はちょっと感動した。なんだかんだ人生初の手作り弁当だったのだ。「前の日の残り物だし私の作るついでだから」なんて言ってくれたいぶきさんだがいくらなんでも申し訳が無い。でもだからといってお金なんて渡そうものならあの人倒れそう、例えじゃなくバターンと本当に。


「ママはどうしたらいいと思う?」


「…橘内さん、だったか」


「うん」


「写真は?」


「あるよ」


少し前に一緒にいぶきさんの部屋でとった写真を見せれば「可愛い子」と満足そうに笑われたのでだろー、と返しておいた。でもその笑い方パッと見凶悪犯だからやめた方が良いと思う。兄貴の笑い方は確実にこの人に似たと思う。いぶきさんの写真を眺め、日本人にしては色が白いだとかきれいな黒髪だとかぶつぶつと言い始めた。そのままメモ帳になにやら書いているのを見て、ああ、と納得。


「化粧品送るの?」


セラエンジェルという大手化粧品メーカーの娘であるこの母親が稀に人にそれを送ることがあるのは知っていたが流石に世良を名乗っている自分と結び付けられるんじゃないかと顔を顰めてしまった。それを読み取ったのか「輸入ブランドなんだから分からないだろう」と一笑されて終わった。まあそうかもしれないけれど。変なところで鋭いところがあるいぶきさんだからなあと思ったがまあ別にそれを指摘されたところで誤魔化せる自信はある。それに多分あの人も誤魔化されてくれると思う。聞いてほしくないなあと思ったことは聞いてこない人なのだ、そう言えばそんな話を嬉々として商品を選んでいるこの人にも前教えちゃったなと思い出したが本当にぽろっと零してしまっただけの言葉を覚えているあたり流石と言うかなんというか。血は争えないなとつくづく思った。



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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005