箱の中の赤子



ここの所疲労のピークが続いている。自分のこなした仕事を指折り数えてみようか。バーボンの任務でとある空調完備会社の従業員の買収とその報告。変装したベルモットの回収と後始末。探偵の仕事で浮気調査三件に人探し二件、ストーカー被害があると偽装して彼女気取りをしてくる女二件。公安の仕事で組織関連の報告と経過報告、ついでにいぶきのことを聞いたらしい面倒くさい上司からグチグチと彼女の母親の犯歴を鑑みて遠まわしに辞めておけと長々と忠告されのらりくらりと交わし、お前に持ってきたのだと大層押し付けがましく渡されたお見合い写真を突っ返したのが三枚。その相手方のご機嫌を取るために余計な接待三件。いぶき関連の厄介四件(内訳は下着泥棒、露出狂、盗撮、ストーカーである。詳しくは省略)。おかしい、あいつの男関連の件数が一番多い、頭が痛い。
そしてなによりも恐ろしい心労、いぶきに沖矢とは別の男の影があること、である。もう一度いう、あいつに男の影がある。これ以上もないほどの衝撃である。
それに気がついたのはいぶきの仕事終わりを狙って迎えに行ったとき、初めて家ではなくスーパーで下ろしてくれと頼まれた所から始まる。珍しいなと思いながらも望み通りスーパーに寄り、待っていることを許してもらえなかったのでその日はそのまま帰宅、ちょうど忙しかったのもあって俺も大人しく帰っていたのが馬鹿だったと今なら思う。しかしそれが連日続き、むしろ会社からスーパーに送り届けるのがルーティンと化した時にいくら仕事にかまけていた俺でも可笑しいだろうと気がついた。言い訳するならば絶賛例の接待の最中だったせいでそこまで気が回せなかったのだ。しかし気が付いたからには暴きたくなるのが人の性、そこで帰ったふりをして車を適当な場所に停めて隠し、スーパーでいぶきの様子を伺った。まるで浮気調査をしている気分になって俺は何をやっているんだと二三度自問自答したが放置してもやもやと気になるよりもよっぽど健全だと判断した。一人暮らしで毎日買い物をしている所から怪訝に思えるし、なにより手に取る量がどう見ても一人分ではないのだ。しかもメニューが恐らく生姜焼き、よりによって男の好きそうなメニューだったのといぶき自身があまり好んで肉を食べないことを知っていたせいで直ぐに思い至った。明らかに誰かに喰わせる為の買い物だ。では、一体誰に、何処の馬の骨に。
そこからふらふらといぶきの家までの道のりを尾行し(途中怪しい男がいたのでしめた)そして見つけてしまったのだ。あいつの家のベランダに、いぶきのものでは無いシャツが干してあるのを。あいつの仕事用のシャツであんなオーソドックスな白のもの見たことがないしなによりあいつはスーツを着ない。それなのにまるでスーツに合わせるかのようなその白いシャツは嫌味なくらいに白く主張し風邪に揺らめいて涼しげであった。夕日に染められていたが、間違いなくその色は白。あんなにあの色が憎く思えたことはない。

その後なんとか仕事に戻るため車を走らせ、途中で寄ったコンビニで夜食を買ったはずなのだが何故か袋の中にカップアイスが茶色い袋にデロデロに溶けた状態で入っていてデスクの前で暫し呆然とした。どうやら知らないうちにアイスを手に取り店員にレンジを頼んだらしい。頼まれたからと言ってアイスをレンジにかけるか普通。どちらにしろもうあのコンビニには行けそうにない。確実に「アイスをチンした男」として覚えられている。
そんな情けない状態を見ていられなかったのか、はたまた激務を憐れんでくれたのか、一旦帰れと上司に追い出された。帰宅して頭を占めるのは明日やるべき仕事の事ではなくあのシャツのことで、サイズから沖矢のものではないとすぐに弾き出す。それだけは救いだ、もし男物のタートルネックなんぞ干していてみろ、俺は何をするか分からないぞ。

とりあえずとんでもなく甘ったるい匂いを撒き散らしているこれを処理しなければ。甘い匂いに埋もれながらその胸焼けに似た気持ち悪さを全てそれのせいにした。


2017.6.21

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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005