八ヵ月分の邂逅

兄弟そろって気が合わないというのが分かった。もうこれは人間としてのものだろう、組織時代からあの男はどこか気に喰わないと思っていたが根本からが合わないのだ。水と油なんて可愛いものじゃない、塩素系洗剤と酸性洗剤の様にまぜたら有毒ガスが発生するくらいの相性の悪さである。混ぜるな危険、まさにそれ。終始いぶきに色目を使う沖矢、思い出したようにべったりとくっついてにたにたとした顔を向けてくる妹。お前ら紛れもなく血のつながった兄弟だよと罵倒したくなった。そしてその血はきっと赤くない、人外の色だ間違いない。張り付けられた笑顔のせいで頬が痛い、引きつって痙攣でも起こしそうだ。こんなに表情筋を酷使して俺の負担になって楽しいのかこいつらは、妹の方はいいとしても沖矢お前は許されん。


「でもいぶきさん本当にあんな奴が好きなのか?」


「ちょ、真純ちゃん…!」


ぴくりと耳が反応した。俺に聞こえたという事は隣で同じく店員の女性に声をかけられていた沖矢の耳にも当然届いているだろう、もう少し声を落とせと思わなくもなかったが思うだけである。ここのところ脳内で考えていることと言動の不一致が凄まじく自身は多重人格者なのではと不安になるくらいだ。今は違ってもそのうち人格が切り離されて確立されそうで怖い、洒落にならん。蘭さんと園子さんがいないからと油断していたがあの子もやはり女子高生。そう言った話は嫌いではないのだろう。嬉々として本人もいる場で話を振るところは可愛げの欠片もないが。


「確かに頭はキレるけどいぶきさんにならもっといい人いると思うけどな僕…どこがいいの?」


大いに同意した。そうだこんな胡散臭い奴やめておけ。大学院生しかも博士号をとる人間が毎日研究室にも行かず、居候している他人の家に居座っているなど怪しさ満点。言いようによっては住所不定無職である、俺は報告書にそう記載してやった。いぶきがこちらを気にするように沖矢の方へとちらりと視線を向けた、どうやら聞こえていないか確認したらしい。この距離なら聞こえるしなんなら俺も隣の胡散臭い男も読唇術である程度の会話は唇が見えていれば読み取れるからそんな警戒は意味もない。あ、だめだ沖矢がいぶきの唇を見るってだけで血管がきれそう、なんて体に悪い男だこいつ。


「誰にも言わないでよ?」


いぶきの唇が妹の耳たぶに寄せられているのを見てなんとももやっとした感覚が湧き上がった。流石に同性相手にどうのこうの思うほど心は狭くない、そりゃ多少ボーイッシュなせいで青年に見えなくもないがそれでも本来の性別だって知っているんだからどうってことはない。あれだ、赤井の妹というとんでもないオプションのせいだなこれは。


「あの、よかったら連絡先とか…」


「あ、すみませんそう言うのはちょっと」


いい加減諦めてくれと完璧な申し訳ない表情で、距離も随分と近くなっていた店員から一歩離れて断りの文句を伝える。どうやらこうしてナンパ紛いの事をしているのは臨時で雇われた派遣らしい。正規の店員と制服が違うのはそのためであろうが仕事中に関心出来ることではないなと完全に自分の事は棚に上げて思った。しょうがないだろう休みなんてない仕事なんだから。赤井の妹が嬉しそうに耳を寄せているのを見てなにがどうなったらあそこまで懐かれるのだと胡乱げな目を向けてしまいそうになった。餌付けか、餌付けなのか。


「初めて会ったときにね」


「うんうん」


「その…笑ってくれたの」


「…うん?そんなの普通じゃないの?」


顔を寄せ合って声を潜めているがばっちり口元が見えているので丸わかりの会話。聞きたくないのに目が逸らせないのはなぜなのか。世の中には知らない方が良いことがあるのではないかと思わなくもないが持論として知らないことは出来るだけ少ない方が良いと思っているのでこれもはもう性分である。未だにアタックしてくる女性をカモフラージュに使いつつ、視線は決して外さなかった。言っておくが言うほど大変な作業ではない、片手間程度の手間である。別にそこまで必死になんてなっていない。


「その…わざわざ笑顔で話しかけてくれた、っていうのかな」


「は?作り笑顔ってこと?」


「あー、言いようによってはそうかな」


少し声を荒げた妹の声が直接耳に届く。一気に不機嫌そうになった彼女にいぶきは言葉を探しているようで慌てたように意味のない否定をしていた。初めて会ったときと言えば監禁事件の時だったか。確かその時付き合っていた男に二週間監禁され、連絡の取れなくなったいぶきを心配して毛利探偵が探していた。そしてコナン君がその現場を押さえ、その場に沖矢も偶然いた、だったか。思い出しただけでも色々な意味で嫌悪感が湧き上がってくる。因みにいぶきを監禁していたという男は他にも叩けば埃が舞うような男だったので未だに刑期を告げられるのを待っている状態である。


「作り笑顔とか…まあ常にそんな感じではあるよなあの人」


「う、うう〜ん…まあそれはおいといて」


否定しない当たりいぶきも沖矢のうすら寒い表情が作られたものであるのは分かっているらしい。少しだけいぶきの事を見直した。本当に少しだけだがそれが警戒に繋がらないのがまた頭を抱えたくなることだと気が付いてしまって考えることを辞めた。やっぱりいぶきはいぶきである。気が付けば俺の周囲にも沖矢の周囲にも店員はいなくなっており、無意識でも会話が出来る自身のスペックに感謝した。コナン君が沖矢に何やら話しかけているがこちらは口元もしっかりと隠し声も拾えなかったので流石である。


「なんというか…私が安心できるように笑ってくれたってことは、それは優しさでしょう?」


「………」


絶句。ほわんと頬を赤らめて話すいぶきをつい凝視してしまった。ふうん、そう、へえ。赤井の妹は驚いた顔のまま固まっているし隣で話していたコナン君もぎょっとした様子で固まっていた。
しかし沖矢、貴様はダメだなに胸元を抑えているお前本当に許さんぞ。


2017.6.29

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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005