討たれしその子
仕事終わりに安室さんに送ってもらう頻度が落ち着いてきた。流石に毎日は申し訳ないという言葉を何度目かに受け止めてくれたらしく週に2.3程度となった。まあそれでも多いくらいというか、迎えに来てもらうことから申し訳ないのだが。どうやら探偵の仕事が忙しいらしい。そんななか悪いと伝えたのだがそれでもこちらが恐縮してしまうほどの気を使われてしまってお願いしてしまっている。出来た人と言うよりももう仏である、崇め始めている。時計を確認してもうこんな時間かと思いながら、その下にある本棚に目を向け先日古本屋で見つけた本の事を思い出した。以前読んだ本だったのだがまた最近になって読みたくなり探していたのだが、しかしこれがなかなか見つからず時間のある時に捜し歩いていたのだ。それを話したところなんと沖矢さんがその本をどこかの古本屋で見つけたという事で、一緒に古本屋を回ってもらったのだ。ありがたいことにその時に見事その本と出会え、我が家の本棚にその一冊が収まるに至った。話の大筋はとある王国に使える騎士が国を救うために旅に向かい、そこで沢山の試練を乗り越えていき人として大きく成長していく物語である。ヘンリーフォードの「失敗するものよりも諦める者の方が多い」、やオービットの「全く試さないか、とことんやるかだ」などに通ずる美しい話であり、自身のあり方を深く考えさせられる。沖矢さんは読んだことが無いと言っていたので今度貸す約束をしているが…、推理小説ではないので沖矢さんの好みに合うかは分からないがあまり長い話ではないのでそこまで気兼ねはしなくていいだろう。
沖矢さんと出かけて改めて優しい人だなあと実感した。博識なのだろう、様々な話題を提供してくれて、お陰で話題が尽きることも無くそれでいてこちらが聞きっぱなしにはならない様に気を使ってもらっているのが分かった。共通で分かる話題があればそれを掘り下げ、私が感心して聞くだけの話は分かりやすく端的に教えてくれた。店舗を選ぶ際もさりげなく私の好みまで聞いてくれて、それに該当するような店を探してくれたりとどこまでも紳士だった。
けれども、やっぱりそれは表面的な部分なんだろうなあとなんとなくだけれど分かってしまった。親しき中にも礼儀ありとも言うが、それ以前と言うか、親しくないからここまでしてくれているんだろうなあと。薄らとだけれど、線が見えた。薄く、低く、とても視認は難しいものだったけれど壁に近い強固な線を引かれているのを感じてしまった。それが悪いとも思わないし寧ろ出会って間もなく迷惑しかかけていない私と彼の間柄を考えればそれはあって当然で、それを確認できたことに安堵を覚えたくらいだった。よかった、私は距離感を間違えていなかったと胸を撫で下ろせた。
沖矢さんは誰にでもその線を引いている、誰が特別その中に入っている訳でも無く、弾かれている訳でも無くいっそ清々しいほどに全員に平等な人だ。誰にでも平等で誰にでも優しく、そして誰にも興味が無い。平等とはそう言うことだと思う。私が知らないだけでその内側に入れてもらえている人もいるのかもしれないけれど、私は間違いなくその外にいる。けれどだからと言ってそれを悲しいとは思わなかった。無理に内側に入りたいとも思わなかった。
現状で満足している私がいるのだ。周囲と変わらずに接してくれているだけで十分すぎるくらいなのではと考えて納得してしまったのだ。
「(すき、なんだけどなあ)」
ううん、とポトフの鍋を混ぜながら考える。トマトの皮がべろりと剥がれてお玉に一枚引っ掛かってしまっている、その綺麗な赤色をむわりと湯気の漂う中で見つめながらため息を鍋の中に落とした。
普通だったら傷つくのが正解なんだと理解しているからこそ、自分の感情に戸惑ってしまったのだ。けれどいくら考えても自答してみても答えは依然として「ああ良かった」なんて安堵の想いだけでちっとも痛まない心にぎゅっと眉が寄ってしまう。困って、惑う。困惑とは正しくこのことだろうと意識して顔の筋肉を緩めながらまたひとつため息を落とした。煮立ったポトフがグツグツと音を立ててぽこぽこと沸騰し始めたのをみてぐらぐらと安定しない自身のそれのようで少しだけ気分が重くなってしまった。
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005