討たれしその子
登庁し報告書類や偽装工作手続きなどの大量の書類の海に溺れかけながらも部下に指示を飛ばし、緊急を要する報告を受けとり、仕事を怒涛の勢いで捌いていた。だがしかしその脳内を占めていたのは全く別のことで我ながらよくこれだけのタスクを解消しながら器用なことが出来たものだと感心した。ふざけるな沖矢昴。頭を占めるのはそれだった。まずあのホームズイベント以来圧倒的にいぶきとの連絡頻度が上がった。それだけでも許し難いにも関わらずあからさまな程にいぶきから誘ってくるように仕向けているのがまた最高に腹立たしく、五回ほどいぶきを装って断りのメールを入れてやったがハッキングに気がついているんだろう、当たり前のようにそれらは無視された。ウイルスもオマケで送ったが平然といぶきに返事を返していたので対処されたらしい。そしてついに昨日奴は犯行に及んだのだ、少し目を離した隙にいぶきと2人で出かける約束を取り付けその日のうちに実行しやがった。気がついた時にはもう待ち合わせをしている段階で慌ててその場に駆けつけて影から様子を伺うしか出来ることがなく危うく何度か店のものを壊しかけた。最終的に沖矢が転びかけたいぶきの腕を掴んだところで堪忍袋の緒が切れてしまい、偶然を装って割って入ったが本当に心底死ねと思った。本当にできるだけ苦しんでから死んでほしい。ついでに死因が間抜けだともっといい、バイアグラ一気飲みで心臓発作とかいいな。
しかしいぶきもいぶきだ。あんな胡散臭い男にどうしてそんな感情を抱くに至った。いや経緯は知っているが心底理解できない。どれだけ男運がないんだと辟易してしまいそうになる。あいつの元彼共も相当だったが沖矢は断トツで無いだろう、なんでよりにもよってそいつなんだと思ったのは今日で何度目か。そもそも存在自体しない人間であるし、顔も声も名前も偽っていると来ている。まだ名前だけ偽っている俺の方が随分ましだ。それに歩いていて転びかけて助けられるとかどんな少女漫画だ、ベタすぎて微塵も需要がないだろどう考えても。そして助けられたいぶきの頬が赤く染まっていたのを連鎖的に思い出してついに仕事の手を止めた。
あいつは本当にあの男が好きなんだろう。昔俺と付き合っていた時にあんな顔をさせたことがあっただろうか。思い出せないんだから無いんだろう、そう思うとどうも鉛を撃ち込まれたように胃のあたりがギギギと痛み泣き出す。そのせいで昨日から胃に何も入れていない。いやだからか?腹が減ってるからか?と最終確認を終えて判を押した書類を奥へと放った。
「あ、あの…降谷さん」
「…なんだ」
「い、いえあの…これは…」
妙にびくついている部下に目を向ければプリンターから吐き出されたのであろう紙。こちらに正面を向けて差し出してくるこいつのこまめな性格を知っていたのでそのままの向きで受け取って、やらかしたとその紙をみて悟り、色々と持っていかれた俺はげっそりとしてしまいズルズルと椅子の背もたれを滑るように姿勢を崩した。
「注文取り消しておいてくれ…」
「…大丈夫ですか?」
バイアグラ2kgをネット注文する上司をどう扱えばいいのかという視線を受けて珍しく帰りたいと思った。頭が痛い。
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005