屍を慈しむ

コーヒーの匂いのしみ込んだエプロンの腰ひもをなんとなしに弄りながら、外の人通りを眺めてこれは閉店まで人は来ないだろうなと思案する。今日は昼過ぎからずっと雨模様で横殴りの風が吹いているせいで傘を差しても意味をなさない。そんな天気では態々外食に出かけないだろう、その証拠に店の前を通り過ぎる人々はこちらに見向きもせず早足に帰路へと付いているようだった。掃除も済ませた、洗い物もすっかりなくなった、在庫の整理も終えた、なんならやることが無くなってしまって明日の仕込みまで終えてしまった。普段ならばこうして時間を余すこともしないのだがどうもなにか作業をしていた方が精神的に落ち着けたため捗ってしまった。
言わずもがなであろうがあいつである、もはや名前を考えることすら忌々しい、奴である。なんでここまでいぶきに連絡をとってくるんだというくらいの頻度でメールやら電話やらを寄越してくるため気が抜けなかった。いや、いぶきのことを思ってあまり仲介するのもよくないかとも考えた、考えたのだがその瞬間に奴が俺を煽っているとしか思えないメールを送ってくるのが悪い。いつかの推理ゲームの時を引き合いにして「今度は二人きりで」だの抜かした時は咄嗟にいぶきに届いたそのメールを抹消し、奴の携帯のアドレスをワンクリック詐欺で有名なサイトに張り付けてやった。言い訳するならば咄嗟だったのだ、理性など全く効かなかった、たとえその作業に数十分かかろうが反射だったのだ、しょうがない。やることが無くなるとまたイライラが募ってきてしまいよくないなとため息を付いた時、からんとチャリティーベルが来客を知らせ外の雨音が店内の空気を湿らせた。


「いらっしゃ…コナン君、ひさしぶり」


「久しぶり安室さん」


傘すら持たずにやってきた少年はどうやら上の階からやってきたらしい事務所の盗聴はしていたので自宅の方から来たんだろうがはて、なにか用でもあるのだろうかとカウンターへと案内する。えっちらおっちらとよじ登る様に椅子に腰かける様子はまさに小学生なのだがこの見た目に騙されてはいけないと嫌と言うほど思い知らされている、しかしつい手を貸してしまい不本意なような声で「ありがとう」と返されてしまった。


「どうかした?」


「えー、っと…」


「…なにか飲むかい?」


「じゃあオレンジジュース」


この子の推理における一面を知っているとこういう時違和感に苦しむ。それでも見てみぬふりをして笑顔で返答をし準備を始めると、どうも背中に視線が向けられているのを感じられた。グラスの反射で一瞬だけ背後を確認するとジトッとした表情でこちらを見ているようではて、と内心で首を傾げた。刺さるほどの視線ではない、しかし意味なくこちらを見ているというそれでもない。冷蔵庫から取り出したオレンジ色の液体の入ったボトルを燻らせて中を撹拌し沈殿していた果実をボトルの中で踊らせつつも、こうしてあからさまな視線をぶつけてくるあたりは確かに子供だなと薄らと思った。


「はいどうぞ」


「ありがとう」


「それで?僕に話があったんだろう?」


にっこりと笑いかけてやればストローを咥えていた口元がひくりと引きつった。うん、やはりこういう所で詰めが甘い。それともこちらが信用できると思ってくれているからこその気の緩みなのかもしれないが。両手で持ってたグラスをコースターの上の戻したコナン君は一つ諦めを孕ませたため息を付き、上目遣いにこちらをちらりと見上げてきた。促すように首を傾げれば今度こそ重たそうに口を開く。


「その、いぶきさんのことなんだけど」


「うん」


「…最近、沖矢さんと行き違いが多くて、その…落ち込んでて」


「うん」


「だから、その……」


笑顔を崩さずに視線をそらさずに。そんな対応をしていたからか最後には言葉を詰まらせてしまったコナン君に少し大人げなかったかと恰好を崩して苦笑して見せた。途端に肩の力を抜いてげっそりとした表情を浮かべられたのでそれなりに圧のあった笑顔だったらしい。途中奴の名前が出た時は多少本気の殺気が漏れてしまったかもしれないがそれはご愛嬌である。
その時ブブ、とエプロンに入れていた携帯が振動した。その音から瞬時に何の知らせなのかを察してしまい、一瞬顔から表情が抜け落ちたのが分かった。コナン君が「っひ」と引きつった声を発したのでその刹那の表情をしっかりと見ていたらしい。
短いこのバイブ音はまさしくいぶきの携帯に奴からアクションが起こされた時に鳴る警戒音で、反射の様に携帯を手にして内容を確認してしまっていた。タイミングの良さからいっても目の前の少年がここにいることを見計らって連絡をしたのか、又は予めこの時間に連絡を入れるように打ち合わせしていたのか。そんなところだろうが知ったことか。


「安室さん怖い」


「僕は嘘つきだからね」


「(くっそ根に持ってやがる、こえぇ…!)」


「この前できたプラネタリウム、人気みたいだね?」


「へ、へえ…(この前いぶきさんと沖矢さんで行ったところだやっぱり把握してんのかよ)」


「僕に我慢しろと?」


「ごめんなさい!!」


後にコナン君からこの時の事を言われたが、どうやらこれ以上俺に刺激を与えてはいけないと思うくらいには暗い表情だったらしい、なんだそれ俺はお産を控えたデリケートな動物か。
しかし直後、今度はコナン君の携帯が着信を知らせ、その内容のせいで図らずも俺は多大に刺激を受けるわけだが。



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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005