屍を慈しむ

「なっ!本当か!?…ああ、ああ、分かったから歩美ちゃんは大人しくしてろよ!」


「…何かあったのかい?」


「安室さん大変なんだ!いぶきさんが誘拐されたって」


そう言うな否や椅子から飛び降りてカウンターの方へと回ってくるコナン君、いぶきが誘拐されたと聞いてすぐGPSを確認したところどうやらここからさほど離れていない位置にその信号はとどまっていた。しかし携帯のみをそこに置いて行かれていることも考慮してそれまでの移動経路も確認していく。しかし不自然な動きはなく、移動速度から徒歩での移動だと推測する。携帯を操作しながら店の鍵を閉め、クローズの札を表に見えるように回転させる。その間にもコナン君は詳細を説明してくれ、粗方の状況は把握できた。電話は少年探偵団のあの少女から、昼間から例の阿笠博士の家に行っていたらしく、夕方ごろにいぶきがそこに訪れたため送っていくという話になったらしい。しかし少女の家の目の前で何者かが後ろからいぶきになぐりかかり連れ去ってしまった。彼女の両親はすぐさま警察に連絡したらしいが彼女はどうしてかこの状況をコナン君に伝えなければと思ってくれたようだ。お陰で俺も動ける。
しかしいったい誰がこんな事をしでかしたのか。いまのところ怪しいと目を付けていた男は肝が小さくこんなこと出来るほどではないし、以前から危険思考を持っていると判断していた奴らは須らく排除したはずだ。警察にお世話になっている者もいれば物理的に距離を取らせたものもいる。たいていがそういう処理を終えた後だったうえ、小学生の少女が目の前で見ているその場で犯行に及ぶような危うい人物が考え付かなかった。
店の電気を落として裏から出てそこの鍵も閉め、車へと向かえば当たり前の様に後ろから軽い足音が付いてくる。これはいくら言っても付いてくるだろうと早々に諦めて助手席を開けてやれば飛び込むようにそこに乗り込んだ彼に少しだけ笑いそうになってしまった。本当に、いつの間にかこんな賢い少年に好かれているんだから四年間も目を離していた時期があったことを惜しく思えてしまう。一瞬外に出ていただけなのにしっかりと眼鏡に雨が付いたらしいコナン君が舌打ちでもしそうな表情でそれを服で拭っているのを横目に車を発進させた。こうも見るからに焦って不機嫌なコナン君も珍しいものだ。


「シートベルトしてね」


「あ、うんって安室さんもしてないよ」


不覚である。どうやら俺もそれなりには焦っているようだ。そんなことを思いながら雨の中泥を跳ねながらスピードを上げて目的地へと急いだ。





辿り着いたのは築40年はありそうな古めかしいアパートだった。車をその近くの公園に止め雨に濡れることも構わずに軒下までは自分の足で走る。車の音で誘拐犯に警戒されるのも馬鹿らしいので黙ってそうしたのだがそれすらも分かっている様にコナン君は何も言わずにこちらの後ろについて来た。また雨に濡れた眼鏡をうっとおしそうにして外し、小声でどの部屋?と聞いてくる彼にそこまでは分からないと正直に伝える。流石にそこまでの詳細がでるGPSを持たせてはいなかったのだ。というかそんなもの持たせたらあのいぶきでも気が付くと思う。そこまでの性能があるものだと携帯への内蔵は難しい。
部屋は全部で6つ。下に3部屋、上に3部屋の単純構造のアパートで古いわりにすべての部屋に住人がいるらしい。もう明かりをつけてもいい時間なのにも関わらず2つは明かりもついていない。広く見積もっても1LDK、もしかしたら1LKかもしれない。この時点で部屋に連れ込まれていることが判明したわけだが、最悪の状況の場合何をしでかすかちょっと自分でも分からないなと冷静な部分で考えた。深く息を吸うもじめっとした空気と一緒に古臭い建物の匂いまで肺に満ちて不快指数が上がっただけだった。まずは考えろ、と一度ぐっと目を閉じてから目の前の部屋を一つずつ見ていくために足を進めていく。嫌な空気のせいかベタッと背中に張り付くシャツが気になって、そしてそれもまた不快だ。気がつけば手がジトっと湿っていて柄にもなく緊張しているのかと内心失笑を漏らした。
一つ目、明かりが付いていない部屋の一つである。表札には油性ペンで書かれたのであろう苗字が雑に張り付けられていて部屋の中から生活音の一つもしない。帰宅していないのかもう眠ってしまっているのかそれとも息を潜めているのか。まあ恐らくは帰宅していないのであろう。他の部屋は入口のあたりが雨で濡れているのにも関わらずこの部屋の前はコンクリートの色が変わっていない。二つ目、明かりが付いておりテレビの音が薄らと聞こえてくる。時折聞こえてくる笑い声は野太くバラエティー番組がこの時間にやっていたことを記憶していた為それを見ての事だろうと判断。流石に人を攫っておいてそんなことをできる神経は持ち合わせていないだろう。三つ目、一階最後の部屋で道路から一番遠い部屋。奥まった位置にあるからかどうも閉鎖的な印象を受ける。部屋の前に自転車が止められており、この雨の中乗っていたのか全体的に濡れていたがサドル部分は一切濡れていない。濡れ具合から先ほどまでこれで出かけていたとみて間違いなく、犯人は徒歩だったことから候補から外した。
二階に上がる階段は所々錆びて穴が開いており、手すりに触れば途端にその色が移るだろう汚れ具合だった。足を進めるたびに嫌な音が軋み、嫌な予感が助長されていく感覚を覚える。二階中央の部屋、二つ目の明かりのついていない部屋だ。入口付近はやけに濡れており違和感を感じる。耳を澄ませるとくぐもった声がなにやら話しているのが聞こえる。


「安室さん…」


「ああ」


ここだ、と直感的に思った。やけに濡れた玄関口のそれは恐らくいぶきを背負っていたせいで戸を開けるのに手間取ったから、明かりをつけていないのは精神的なものから。表札を確認したが住人の名を記すそれすら付けていない。車から持ってきていた針金を取り出した時、部屋の中から怒鳴り声がハッキリと聞こえてきた。そしてなにか硬質なものが壁か床にぶつかる音。一瞬頭が真っ白になり、次に視界が開けた時には戸を蹴破った後だった。




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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005