オリュンポスの頂に向けて


目の前の光景は、それはそれは朗らかな今日と言う天気のような日に実にふさわしいと言える程度には和やかな幸せな日常のそれだった。男が買い物籠を持ち、女が材料を吟味する。時間的には夕飯の買い物だろうか、それを二人で相談しながらするだなんて多くの夫婦の理想の姿だろう。仲睦まじいその二人に、すれ違う主婦が「あら」なんて微笑まし気な視線を送るくらいにはそれは平和なものだった。恐らく、俺だけがその光景に恐怖と憎悪と嫌悪、眩暈と吐き気を覚えている。恐らくじゃあないな、俺だけだ。


「本当に重くないですか?カート持ってきます?」


「この程度なら全く問題ありませんよ、こう見えても力はある方ですから」


凄いんですね、と頬を赤らめて女が笑う。その顔を見て持っていた籠の持ち手を粉砕するところだった。もう分かってもらえると思うが、女はいぶき、男は沖矢である。俺の心の傷がどんどん深くなっていくのがこいつらは面白いらしい、遂に白昼堂々俺の前に二人そろって出て来やがったわけだがどうしてくれようか。ポアロの買い出しでスーパーに来ていたのだが、まさかこんな場面に出くわすとは露とも思わず完全に油断していたせいで危うく陳列された商品にぶつかってコンソメのタワーを崩壊させるところだった。先にいぶきを見つけ、運がいいと声をかけようかと思ったら、そのすぐ横に奴が出てきた。あの時の恐怖はGを見かけた時のそれに似ていたと思う。あの男がスーパーにいるってどういうことだ、似合わな過ぎて蕁麻疹でもでそうだ。なんてゾッとしていたら更にゾッとすることに二人でより添って、さながら夫婦のように買い物をしているという気が付きたくない事実に早々に気が付いてしまった。
いぶきが品を選び、いちいち沖矢に手渡しで渡す。そのたびに少し手が触れるのか律儀に毎回頬を染め、照れを隠すように耳に髪をかけて視線を彷徨わせる。なんて顔をその男に向けているんだ、妊娠させられるぞと恐々としながら見たくもない光景を後をつけながら見つめる。自分で顔が死んでいるのが分かるがかといって放置と言う選択肢はない。このまま帰ってみろ、暫く悪夢を見ることになる。
二人の会話を聞くに、どうやら少年探偵団の子達とクッキーを一緒に作る、らしい。先ほどから手に取る材料も確かにクッキーの材料であるしそこは取りあえず安心させてもらった。もしこれで沖矢と二人きりだなんてことになったら俺は工藤邸に押し入る自信があった。いぶきが沖矢に料理を振る舞う、というのも正直許し難いが子供との共同作品ならばノーカウントだろう、腹立たしいのには変わらないがそう考えないと溜飲が落ちない。大きくため息をついてふと籠に目を落としたら知らないうちに塩の袋が四つも入っていて不要なそれをそっと棚に押し込んだ。重い訳である。


「あらあらお若い旦那さんだ事!いいわねぇ一緒に買い物なんて」


「ち!ちが」


「よくできた妻ですので、これくらいしか手伝えないんですよ」


「まあまあ」


咄嗟にジャケットの内側に手を入れ、当たり前だが拳銃が入っていないことに舌打ちをした。今は安室だった、持っている筈がなかった。それ以前にバーボンだったとしても降谷だったとしてもスーパーで拳銃はまずい、落ち着け俺。
爆弾だけ落としていぶきをからかった主婦の女性は沖矢の返答に満足したらしく笑いながら精肉コーナーの方にカートを押していった。旦那、妻というとんでもない単語のせいで脳みそがぐつぐつと煮えたぎっているような感覚を覚えたがそれ以上にいぶきが本気で照れて顔を真っ赤にして沖矢と話している光景の方が堪えた。なんでちょっと嬉しそうなんだよお前。





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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005