オリュンポスの頂に向けて
「あれ、いぶきさん?」「安室さん?」
「奇遇ですね、夕飯の買い出しですか?」
ご自宅からは遠いスーパーですが、と不思議そうな顔で隣に並んだ安室さんは「ポアロの買い出しで」と籠を掲げて爽やかに笑っている。スーパーとのミスマッチが否めないと思うのはなぜだろうと考えながら否定の言葉を示して籠の中身を見せる。いかにもお菓子作りですと言わんばかりの中身を見て安室さんはクッキーですか?とそこまであててくれた。流石である。
「これからコナン君のお友達と作るんです」
「もしかして探偵団の子達ですか?」
「あ、安室さんもあったことあるんですね」
「ええ、元気な子達ですよね」
買い忘れが無いか確認していたのでレジ付近で邪魔にならない場所によって立ち止まっていたので自然と安室さんの歩みに足が付いていった。どうやら彼ももう会計らしく、少し混んでいるレジに一緒になって並ぶ。沖矢さんはお酒を少し見て来たいという事で別会計の酒屋のテナントに行っているためここにはいないが、彼の紳士っぷりを考えればこちらの会計が終わった頃にはレジの向こう側で待っていてくれそうだ。先ほどのやり取りと思い出してッポと顔が赤らんだのが自分で分かった。いい年をしてこんな反応をして沖矢さんも呆れてしまっただろうがこればっかりはどうしようもない。同じ年のはずなのに何の差なんだろうか、あの余裕は…。ああした方が話が長引かないだろうから、と後から理由を教えてもらってとても納得したがそれでもときめいてしまったんだから単に惚れた方が負けと言うあれだろうか。火照った頬を冷まそうとパタパタと手で仰いでみたが効果はいまひとつ、指の甲を押し当てて安室さんに笑いかけながら可愛いですよね、と返事をなんとか返した。
「これから新一君…あ、前言っていた工藤君の家に沖矢さんが住んでいるので、そこで焼くんです」
「…へぇー……」
「沖矢さん、学生さんなのに自炊もしっかりしていて…凄いですよね」
「自炊……」
「この前沖矢さんの作ったシチューいただいたんですけど、本当に美味しくて」
「ッゲホゲホ」
前に並んでいた安室さんが唐突に咳き込んだので大丈夫ですか?声をかけたが、咳がかからないようにか顔を背けてしまっているので様子がよく分からず、大きく揺れる背中をただ眺めることしか出来ず風邪だろうかと心配するしか出来なかった。最近流行っているというし、人と関わることの多い安室さんであればどこかで貰っていても可笑しくなかった。飴でもあればよかったのだが生憎そう言ったものを持ち合せないのが常なので、差し出せるものもない。この前私が安室さんの車で少し咳をした時まさに彼が飴をくれたのになんのお返しもできないとは、女子力の欠落を感じた。
「すみません」
「風邪ですか?」
「いえ、すこし、ええ」
煮え切らない返答にあまりしつこく聞くものではないか、とお大事にとだけ返しておいた。気遣うくらいしか出来ないのが心苦しい、特に安室さんには日ごろから迷惑をかけている身なので切実である。
「ああ、そう言えばいぶきさんこの前ポアロに手帳を忘れていきましたよね」
「あ!ポアロにあったんですか!なくて探してたんです…!よかったぁ…」
「僕も連絡を入れ忘れていてすみません…今日会えると分かっていれば持ってきたんですが生憎ポアロに置きっぱなしなので…もしよければ待っていてくだされば僕持ってきましょうか?」
「え!?」
「この後ポアロにこれを置いて来ればもう上がりなので…少し待っていただきますけどここからポアロはそう遠くないですし走れば十分もかかりませんし」
「そうじゃなくて!ダメですよ!私の忘れ物なのに安室さんに取りに行かせるなんて…!」
「ですけど、ないと困るものでしょう?それにこの後予定もあるようですし」
「だ、だったら私がポアロに行きますから!」
そうですか?と申し訳なさそうな苦笑で会計に進んでしまった安室さんに少しホッとする。会計中に安室さんが店員さんに「籠が壊れていましたよ」と伝えていてそんなこともあるんだと自分の買い物籠に目を向けてみたが欠陥は見られなかった。それにしても良かった、選択を間違えてしまったら本当にこの人には私のせいで無駄足を踏ませてしまうので注意が必要なのである。現に選択を間違えてしまったであろうせいで会社帰りは毎日待ってくれているんだから胃薬が手放せなくなってきている今日この頃である。甲斐甲斐しいほどに面倒を見てくれる安室さんに何か返したいと毎回思っている私なのでこれ以上罪は重ねられないのだ、これ以上は有罪である、自分裁判で。
取り敢えず予想通りレジの向こうに見える位置で待っている沖矢さんに事情を説明して、先に帰っていてもらおうと荷物を任せてしまう結果になるであろう提案をしなければならないことに、結局誰かに迷惑をかけるしかない自分をまた一つ嫌いになった。
それにしても手帳、ポアロで出して見たことってあっただろうか。うーん、最近物忘れが激しい、やな歳の取り方をしているらしい。
2017.6.5
あさぎさんリクでした
書きながら安室さんのストレスマッハっぷりに笑いました、うさん臭さで言えば安室さんと沖矢さん似たようなものなのに安室さんからすれば「あんな胡散臭い塊見たことない」みたいな認識だと私が楽しい
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005