トロイアの攻防


組織を壊滅に追い込み、長年の執念に似た沢山の想いを晴らし、その他もろもろの厄介事も終えて一息ついた時。当たり前に潜入捜査の任は解かれており今回の功績から現場から退いて昇進の話も出て、そこでやっともう一つの一大事件に取り組むことが許された。


「どうしたらいい新一君」


「俺に聞くんですか」


両肘をついて手を軽く組み、そこで口元を隠すように構える様は周囲から見れば真剣そのものだろう、その通りである。心情的には組織絡みの任務に次いで精神的疲労度のかかる事柄であったし下手をすれば立ち直りの効かなくなる場合も多いに考えられて恐ろしい。そこで念には念を入れよと言う先駆者の言葉に従って関わりが無くもない、体の元に戻った江戸川コナン君もとい工藤新一君とこうして膝をつき合わせているという訳である。年下の彼にこうして相談をするのかと馬鹿にすることなかれ、彼は高校生とは言ってもその頭脳は俺や赤井に並ぶほどに明晰であるし俺たちにはない柔軟な発想も持ち合わせている。あと、それくらいに切羽詰まっているというのもなくはない。


「それより、結構かかりましたね“安室透”さんが脱げるまで」


そう、そこに今回の問題の原点ともいえる原因が詰まっているのだ。それもこれも馬鹿みたいにデカイ組織だったせいで下っ端構成員やら関わっていた企業や商社、果ては国の政権を強く握っているような奴らなどが組織と関わりがあったことなどが露見し、周囲にむやみに恨みつらみを向けられては堪らないというのと公安とばれて動くよりも“組織を売った安室透”として的となっていた方がそれなりに事が上手く運べたのだ。そういった止む終えない理由によって安室透のままでいたのだが、それが決定した時に余りにも終わりが見えない後始末のもぐら叩きに似た処理に焦ってしまった。そう、俺は焦ってしまったのだ。


「そのせいでこの様なんだ」


あ、結局その話。新一君の顔がそう語っているがこちらは割と困っているんだから助言くらいしてくれてもいいと思う。
あろうことか当時の俺は、“安室透”のままいぶきを口説き落とし現在まで付き合っているのだ。もう一度言おう“安室透”のままである。それだけ距離が縮まったのに気が付かれないほどの自分の演技力を称えればいいのか、全く気が付かれないことに嘆けばいいのか測りかねるが結果として三年ほどいぶきと安室透は付き合っている。そして、その安室透の役目が終わろうとしているのだ。もっと分かりやすく言うと安室透と言う人間が戸籍上から消える。これは不味い。上司からお疲れと言われた時に真っ先にいぶきの事が頭を過るくらいには不味いことだった。


「いぶきさんの事だからちゃんと話せば許してくれますよ、理由が言えなくても」


「言おうとしたさ」


「え?」


「言おうとして、俺の顔見て『安室さん』って笑顔で呼ばれてそこから記憶がない」


「おいあんた」


無理だろう君でも無理なはずだと頭を抱えながら訴えたがえー、なんて薄情なリアクションが返される。君だって蘭さんにコナン君の真実なんて言えていないだろう、知ってるぞ偶に変声期を使ってコナン君として蘭さんに電話をかけているのを。あれか、その現場を見かけて笑ったのを根に持っているのか、すまん謝ろう。しかし高校生の制服を着て子供らしい口調で話す君は結構面白かった。
いや彼の場合は体が縮んでいたこと自体トップシークレットになってしまうから言おうにも言えないのもあるんだろうが。でも仮にそれを急に「あ、お疲れ様もう教えてもいいよむしろそっちの人間として生きるの不味いから」なんて言われてみろ、困るだろ普通に。


「降谷さん言う気あります?」


「あるに決まってる」


「いぶきさんだしなー…遠回しに言っても気が付かないでしょうしね」


「ああ…だから正面から行くのが良いと俺も分かってるんだ、そしたら言い笑顔で呼ばれるんだ、『安室さん』って」


「あー……」


可哀想なものを見る目で見られたのでそれは不本意だと姿勢を正す。そこまでじゃない、多分。安室と呼ばれるたびに責められているような気分になるくらいには参っているが。別にそこまでメンタルはやられていない、多分。


「えっと、降谷さんっていぶきさんと前も付き合っていたんですよね?しかもあまりいい別れ方をしなかった、と」


「ハッキリ言うなぁ新一君」


「こういったことは端的に表現した方が分かりやすいですから」


「まあそうだが」


「そのことに対して後ろめたいから“安室透”でいたいという想いもあるのでは?」


「…そりゃ、多少はあるよ」


怖い怖い、多少見聞きしただけでこちらの内心をそのままごろりとテーブルに転がすように指摘してくるんだからこの少年…いやもう青年か、青年は相も変わらず恐ろしいくらいの観察眼を持っているらしい。本当にうち(公安)に欲しいのだが彼は探偵として生きると決めてしまっているらしく俺の半ば冗談の勧誘にも一度も首を縦に振らない。
彼の言ったことはそれこそ真理に近い。安室透としていぶきと接して恋人と言う形に収まってしまってからはその思いは強くなるばかりであった。二人で住んでいた部屋にあいつを置き去りにして再会するまで心の中心にあいつは居なかったのは事実だ。巻き込まないためにとトラウマを重ねさせ傷を抉ったのは間違いなくすべて俺のせいなのだから。一つも悪くないあいつがずっと辛くて悲しくて寂しい筈なのにそれすら耐えさせて、結局また俺の我儘で嘘の姿で近寄ってコイビトなんて関係を作ってしまったのに、またその男がこの世から消えるのだ。


「まあ、いぶきさんが降谷さんと付き合っていたことを記憶していればの話ですが」


「本当に容赦ないな」


やめてくれ本当に怖いことを言うな。




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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005