トロイアの攻防

安室さんは凄い、出来ないことは何ですか?と聞いた方が早いくらいになんだってできる。料理もその一つで本人は「凝り性なだけです」なんて謙遜するが一般的に知られていないような隠し味や料理方法を知っていて驚かされてばかりである。彼の作る料理がおいしい余り、こうして家に招いているにも関わらずキッチンに立たせてしまうのは少なくはない。申し訳ない思いもあるのだが「いぶきさんおいしそうに食べてくれるので僕も楽しいんです」なんて優しい言葉を向けてくれるので本当に優しい、もう一回いう優しい。


「実は、仕事で少し」


「え!?」


驚いて持ってた玉ねぎをシンクに飛ばしてしまった。ごとごとと音を立てるそれに謝りつつも珍しくお仕事のお話をしてくれる安室さんに吃驚してしまって拾ったそれをまた落としかけた。安室さんが探偵のお仕事の内容を話すことはあまりない。いや、付き合い始めた頃は毎日のように聞いていたのだがある時からぷっつりとそう言った話をしなくなったというべきか。一度私からその話を振ってしまったときにさりげなく話をそらされてから、聞いてはいけないのだと察して聞くのをやめてしまったので実に数年ぶりくらいに彼から仕事の事を聞いたように思う。驚いた私に驚かせてしまったのか大きな目をパチクリとさせた彼が「どうかしました?」と聞いてきたので慌てて何でもないと玉ねぎの皮をむく。
これは、聞いてもいいんだろうか。


「えっと、なにかあったんですか?」


「それがまあ、ストーカー被害だったんですが」


う、うわあ。本当に話してくれるんだ。つい手が止まりかけてしまうほどに真剣に耳を傾けてしまったがそれはご愛嬌だろう。


「女性からの依頼で、ストーカーは彼女の元彼氏だったんですが……いぶきさんも最近はなくなりましたけどこういうことあったなあと」


「大変なご迷惑を」


「いえいえ!それは全然…寧ろそれのお陰でこうして今一緒に居られるわけですし」


白い歯が眩しい。素敵な笑顔で微笑む安室さんに下げていた頭をそろそろを上げる。本当に多大なるご迷惑をかけた身であるので謝りつくしても謝り足りないのだが安室さんがそれを嫌がるのは分かっているのでほどほどでやめておくのが正解だ。本人に求められていない謝罪程いらないものはないだろう。本当に優しい人である。


「それで…そう言えばいぶきさんの、その…」


「私の?」


「…昔付き合っていた方の事をお聞きしたいなと…すみません」


僕の器が小さいせいで。なんて歪んだ笑顔で、悲しそうに少しムッとした様に、なんとも複雑そうな表情でそんな言葉を続けられてしまって言葉に詰まってしまった。なんというか、この人は偶にこうして子供のような顔をすることがある。間違っても口にはしないけれど子供と表現するのがしっくりしてしまうこの顔が私は実は結構好きだったりする。いつも誰にでも気を使っている彼が私にだけ見せてくれる我儘を言うような子供のこの顔を可愛いと言わずになんという。普段全力で甘やかされてしまっている私なのでこういった彼のお願いには答えたいと思うのだ、それこそ全力で。


「なんでも聞いてください」


「え?いいんですか?でも…」


「勿論今は安室さんが一番ですから、後ろめたいことなんてないですしなんでも聞いてください」


言った途端安室さんが握っていたジャガイモがひしゃげたのは少しびっくりした。安室さんは本当に力持ちだと思う。




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投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005