トロイアの攻防

精神的に限界を迎えたので話の方向を変えようと口を開く。口の中が乾燥してガラガラするのは気のせいじゃない、こんなに追い込んでるというのに当の本人は全く気が付いていないのが恐ろしい、下手なホラーよりよっぽど怖い。


「それじゃあ、どうしてそんな人と結婚まで考えたんです?」


「そんな人って…優しかったですし、なんというか真っ直ぐだったから、ですかね」


「真っすぐ?」


「どこか遠くの大きなものをずっと睨むみたいに見つめていて…それがなにかなのかは最後まで分からなかったんですけどね」


へー、なんて相槌を打ちながら少し泣きたくなった。よくそんな得体の知らない男の事をここまで良く言えるものだし良く見ているものだ。俺なのだが。自分でも聞いていて良くこいつ俺と付き合っていられたな思ってしまったくらいだった。一緒に住んでいるのに部屋には入れない、携帯は複数持っていて触れると怒鳴る、いぶきの作ったものは一切口に入れない、帰りが不定期で職業不明。いぶきの中でベストオブやばい男は俺だ、間違いない。風見に偉そうに公私混合するななんて言っていたが昔の俺に言ってやりたい、お前が言うなと。ここまで仕事の事を私生活に持ち込んでいたかと絶句してしまった。それに巻き込んでしまっていたというのにいぶきは全部許してくれていたんだから俺にストレスが無かったのは当たり前だ。馬鹿か俺は。本当にそんなろくでもない奴のことを優しいと言えるいぶきは寛大すぎる。


「あ、それに料理もすっごく上手だったんです!博識で何でも知っていて」


「そうなんですか」


あの時、ポアロで話していた時とは違って暗い顔ではなかったのだけが唯一の救いか。いや降谷をふっきられても俺が困るのか。混乱している俺に気が付かずサラダに箸を伸ばすいぶき。小さい口に運ばれるそれを綺麗な造作でぱくりと口に入れ咀嚼をする姿は昔と変わらない。そう言えばあの頃からいぶきが俺の料理を食べてくれるのが好きだった気がする。しかし、不意にいぶきがあれ、と首を傾げてそのサラダにジッと視線を落とした。どうしたと声をかけても上の空、とまではいかないがなにやら考え込んでいるようで首は斜めのままだ。


「なん、だか…なつかしいような」


その言葉にハッとする。そうだ、基本的に料理の味付けは降谷の時と何ら変わらない。今日降谷の話をしたまま夕食を取ったことで当時を思い出し、その味がフラッシュバックしたってどこも可笑しくはない。ドッドッと叩くように主張する心臓、思わずごくりと唾を飲んでしまったカラカラの喉、冷や汗の伝ううすら寒い背中。全く心構えが出来ていなかったせいで声が掠れる、まさか、こんなことで。ハッと何か考えに行きついたようにいぶきが息を呑んだ、遂に。


「お母さんの味?」


「そっちか!」


とうとう耐えきれくなって叫んでしまったがこれは許されると思う。


2017.6.8

つぐみさんリクエストのお話でしたがだいぶリクエスト内容とズレたなぁと反省しております。この番外だと降谷さんと告げる前に安室さんとして付き合ってしまってるし結局暴露し切れてない…なにやってるの私…

 - return - 

投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005