トロイヤの攻防2


TAKE18
もうなにもいうな。むしろこれだけ心を折られてもめげない俺を称えて欲しいくらいで、可哀想なものを見る目で見ないでほしい。何度も元カレの話を掘り返し、当時の自分の不甲斐なさや不信さ、ぶっきらぼうさを知り死にたくなったがそれでもまだ挑もうとしている俺の不屈の精神は間違いなく原因の仕事のお陰で鍛えられたものだからまた複雑である。いぶきがそんな当時の降谷をそれでも好いていてくれていたというのを知れて同時に回復も出来ていたからというのも大いにあるがそれ以上に罪悪感が凄まじい。よくこんな純粋な女を俺は簡単に置いて行けたなと思う、凄いと思う。お陰でしわ寄せのように今その罪の意識で死にかけているわけだが。
ということで、TAKE18である。


「安室さん、お待たせしました…!」


「いや、そんなに待ってない」


いぶきの仕事が終わる頃を見計らってメールを送り、仕事場の前で車で待っていると駆け寄ってくる彼女。前のように運転代金のように何かを差し出してくることはなくなったが基本的に人を待たせるのが嫌なのだろう、いぶきの美点だとも思うが俺相手ならばそこまで気にしなくてもと思ったりもしているのだが、俺に向かって駆け寄ってくるこいつを見るのが嫌ではないから特になにも言っていない。
俺の返答にぎょっとしたように目を見開いてえ、と固まるいぶきを押し込むように助手席側にまわし、車の中へと収める。ドアも閉めてやって前側を回って運転席側に移動する。ちら、といぶきを見れば未だに混乱しているのかしっかりと目が合ったので笑いかけてやれば慌てたようにシートベルトに手を伸ばしていた。色々と考えて思い至った案の一つに、口調を降谷のものにするという直接的かつ効果的であろうものを試してみようと実行に移した訳であるが、正直安室の仮面事態はこいつの前では殆ど脱いでいるので本当に口調だけの変化である。しかしだけと言いつつも安室透というキャラクター設定の中で敬語、というのは割と大きくそのキャラクター性を構成している部分である。丁寧な物腰に口調、誰にでも笑顔で接しやすいというのが安室透である。いぶきに対してもこの敬語の猫はずっと脱げずにいたのだが、それを思い切って外してみたという訳である。もうほぼ降谷のまま、演技も無しの俺であると言っていい。


「あの…」


「なんだ?」


車に乗り込んだとたん、おそるおそる声をかけてきたいぶきに顔を向け返答すれば、眼を大きく見開いて「いえ」と前を向かれた。流石のこいつでも気が付かないなんてことにはならなかったようで安心であるが、どうも思っていた反応と違う。シートベルトを両手で握り、きょろきょろと視線がうろついている。車を発進させても暫く無言で先ほど言いかけた言葉をもう一度聞こうと「どうした」と声をかければしばらくした後、決心した様に口を開いた。


「…あの、ごめんなさい……なにをしてしまったのか、わからなくて…その」


「…ん?」


俯いてしまっているいぶきの横顔を二度見して、赤信号なのをいいことにハンドルの上部分に頭を叩きつけた。こいつの様子と先ほどの言葉を統合すると、即ち俺が怒っていると、そう思ったという事だ。確かに普段の安室透が突然敬語を外して素っ気ないと思われても可笑しくない口調になったら怒ったのだと思われても可笑しくない、のか。ショックである。そんなにきつい言い方だっただろうか、確かに表情は緊張で多少固かったかもしれないがほぼ素で話したのだが、という事は素の俺の話し方はこいつにとったら“怒っている”ようにとれる、と…。怯えるに等しい反応を返されげっそりとしたであろう顔を持ち上げて意味なく前方の車を睨んでしまった。


「もしかしてすごく待たせちゃいました…?」


「……違うんです、ああいう口調の方が女性は好きだとテレビでやっていたもので」


「へっ!?あ、そうだったんですか!」


「すみません勘違いさせてしまったようで…」


もう一度言う、ショックである。




 - return - 

投稿日:2017/1005
  更新日:2017/1005