トロイヤの攻防2
TAKE19それでも俺は諦めるわけにはいかない。なぜならもう本当に安室でいられる期限が迫っているのだ。それにいい加減本名で呼ばれたい。
「そう言えばいぶきさんってタイプの男性像とかあったりしますか?」
「と、突然ですね」
脈略を気にしている余裕がないともいう。どうせならいぶきさんの好みになりたいのだと伝えればぽぽ、と染まる頬が面白い。両側から手で挟んでやりたくなったが耐えて夕飯の支度を進めていく。いぶきに以前の俺が全くこいつの作った食事を口にしなかったという話を聞かされてからはなるべく共同で料理をするようになったのは余談である。いぶきだけが作ってくれるような機会も勿論作った、お願いしたところ快くどころか張り切って作ってくれた上に喜ばれたのでもっと早くこうしておくべきだったと後悔したのは最近の話だ。これでもかと料理についても誉めた、でないと割に合わないというか罪悪感に潰されそうだったのだ。
「そりゃ、もちろん…その、安室さんですよ」
「抱きしめていいですか」
「え!?」
「すみません間違えました」
間違えた。そうじゃなくてだな、そもそも安室がタイプと言われても手放しで喜べない。先にも言った通りこいつの前では安室の仮面はほぼ脱げているとはいえ、あくまでもほぼ、なのだ。完全に降谷でいる訳ではない。だからこそ内心複雑である、だからといって昔付き合っていた当時の降谷がタイプと言われてもやめておけと言いたくなるのだが。あの頃の俺はろくでなしだった、あれは俺じゃない。それでも照れながらそんなことを言ってくれたいぶきについ勝手に口が動いてしまったがそれを笑顔で誤魔化して作業を進め、なかったことにする。ちらちらと視線を感じたが耐えた、今目が合ったら爆発させそうだ、色々。
「芸能人とかで好きな人はいないんですか?外見面と言う意味で…」
「芸能人ですか?私テレビ疎くて……うーん」
「過去に付き合っていた方を見ているといまいち共通点とかが掴めなくて…」
「外見のですか?」
「ええ、園子さんが喜びそうな方もいましたし、僕とは全く系統の違う方もいましたし」
暗に安室に似た顔の人間はいなかったのか、と聞く。似ているも何もこのままの顔なのだが。いやそれで気が付いてくれるのならば再会してすぐに気が付くか。しかし目の前にその顔があって、一つずつ丁寧に思い出させて造形がぴったり一致するとなればこいつでも気が付いてくれるかもしれない。望みは薄そうだがそれでも試す価値はある。
「顔でタイプって無いのかもしれないです、考えたことないですし」
「あ、それじゃあ例の彼はどうでした?結婚まで考えた彼…」
「最近安室さん彼の事凄く気にしてますね?もしかしてお知り合いとか?」
「そ、んな訳ないじゃないですか」
知り合いと言うより本人である。変な汗をかいてしまって意味もなく蛇口を全開にし水を出してしまったが特にいぶきはその不審な行動に目が行かなかったらしく救われた。大根を卸しながら考えてくれているいぶきの手から卸金ごとそれを奪う。どうしてこういう力仕事を俺にやらせないんだこいつ。代わりにニンジンの皮をむくようにとピーラーを渡せば大人しく従ってくれたが遺憾である。この前もクルミを割る仕事を自分でやろうとしたし固くてなかなか開けられなかったのであろうビンがあった時も俺に声をかけてこなかった。
「私には勿体ないくらいの人でしたよ、外で歩いててもすごく目立ってて…一度大学に迎えに来てくれたことがあったんですけど周りに人だかりができちゃって」
「ほぉ、相当整った顔をしていたんですね」
「だからどうして私なんかと付き合ってくれてたのか、分からなくなる時があって」
おっと、不穏な空気になってきた。それを察して持っていた大根を素早く下ろしてしまって余った欠片を口の中に放った。このまま聞いていたら指を卸す危険がある。
「だからいなくなってしまったときも何かしてしまったんだろうな、というのと少しやっぱりかあって思っちゃって…酷いですよね私」
「いえ…」
酷い。ここまで信用がなかったのか俺は。あ、容姿でしたねと自分で元の路線に戻ってくれたいぶきに頷きながら鍋に水を溜める。今は危険でこれくらいしか出来ない。包丁なんてもってのほかだ。因みに今日は和食で豚汁と鮭の切り身、卵焼きにほうれん草のお浸しに漬物である。
「背が高くて隣に並ぶと安心感があって、笑った顔が少し意地悪でカッコよくて、横顔がスッとしていて前を見ている彼を横から見るのが好きでしたね…」
「………」
「あ、あとすごく目が綺麗でした、太陽の下が似合う人でしたね!」
「ありがとうございます…」
「え?」
「いえなんでも」
なんて羞恥プレイだこれは。
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005