深海のイルカ
「妊娠だと思うんだ」「あなた第一声がそれって酷いわよ」
ヘルエンジェルの娘、宮野明美の妹、かつてあった組織の幹部シェリー。それらすべてを捨てて灰原哀と言う名の小学生として暮らしている彼女の元に向かったのは他に相談できる女で医学に心得のある人物が思い至らなかったからだ。しかし仮にも見た目は小学校高学年。確かに彼女の言う通りだと謝り、しかしそれどころの話ではないのだと出されたコーヒーを煽って大きくため息を付いた。
少し前からどうにもぼんやりしていることが多いなとは思っていた。夜眠れていないのかと思ったがそうでもないし、疲れが出るほど重労働をしている訳でも決してない。なのに昼間に転寝をすることが増え、食欲も低下。なにか悪い病気かとゾッとして病院に連れていこうかと思ったが本人は大丈夫といってそれを良しとしない。取りあえず様子を見ようと思ったのだが、ある日帰った時に廊下でごろりと転がっていた時は本当に肝が冷えた。いぶきには救急車なんて呼ばないでと言われたが実は既に呼んだ後だったので(混乱して二台目を呼ぶところだった)彼女がトイレに駆け込んだ時にそれを誤報だと連絡。しかしなかなか出てこないいぶきに、ハッとある可能性が浮かんでしまった。ま、ままさか。いや、でも、そう言えばあいつ今月まだ…。と一気に情報が頭の中を駆け巡り、リーンゴーンと祝福の鐘が脳内に響き渡り紙吹雪が舞った。ついでにグラスも割った。
つまりは妊娠による体調不良。そう考えると納得できるものが多くあるのだ。だとすれば信頼できる産婦人科を探したい、しかしそのあたりは流石にデリケートであるし、可能性のある日程を考えても妊娠一か月と半分と言ったところ。まだいぶき自身すら自覚していないのだから、俺から伝えてもいいものかとそこからして悩む。そこでまず夫である俺がなにか出来ないかと彼女の所に駆け込んだのだ。それを伝えると「良い心がけではあるけれど…」と少しなにか言いかけて、俺の顔を見てその言葉を仕舞った。なんだ、言いかけてやめられると気になる。しかし問い詰めるのは渋られる、ただでさえ学校前で待ち伏せてこうして阿笠の家に押し入ったのだから。それを無いものにしたとしてもあの人の娘だ、そんな風にできるわけもない。
「小学生相手にこんなこと聞くなんて通報されても可笑しくないわよ」
「ごもっともだ、だいぶ落ち着いた」
全く信用ならないものと見る目で見られたのでまだ落ち着いたとは判断されないらしい。相変わらず手厳しいが教えてくれる姿勢になった彼女にありがたく耳を傾けた。
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005