深海のイルカ
どうも最近可笑しい。あれ、似たようなセリフをつい最近いったような、そうでもないような。とにもかくにも可笑しいのだ。私ではなく、零さんが。まず仕事から帰ってくるのが早くなった。それ以前に毎日帰ってきてくれるところから可笑しい。いや、嬉しい、すごくうれしいんだけれど急にどうしたんだろうと思うのも確かで、それ以上に確度が高く可笑しいと言える点もあるせいでどうも考えてしまう。「えっと…」
「いいから座ってろ!」
「ご、ごめん…」
何かしようと立ち上がると慌てたように駆け寄ってきてソファーにこれでもかと丁寧に押し戻される。前は一緒にキッチンで料理することもあったしお帰りが遅いときは私がいつも作っていたのにそれも全くさせてもらえなくなった。外に出る時は必ず手を繋いでくれるようになり、というより半ば抱えるように肩を抱かれる。嬉しいんだけれど余りにもぴったりと手とり足取りなので介護されている気分になるくらいなのだ。階段と言わず点字タイルすら気をつけるようにと厳重に歩かされる。躓くと思われているとは少し不本意だが善意でやってくれているのは分かるので何も言えずに甘受してしまう。煙草を吸っている人がいればそこまでと言われるくらいに遠回りするし人ごみには決して近寄らない。家の中では食事の用意は勿論、家事全般を零さんが執り行なうようになった。もしかしてこれは遠回しに私の家事がよろしくなかったのでは…と落ち込んだところ落胆の様子を察したのか根掘り葉掘り聞かれ、泣く泣く本音をぽろりと零してしまえばそうじゃないのだと三時間ほど話して聞かされた。ちょっとだけこの人大丈夫かなと思った。それからは洗濯物を畳む仕事は残してくれるようになったがそれ以外は許可が下りなかった。そしてついにこれである。
「いいから」
「よくないよ?」
「ほらいいから」
「え?え?私が可笑しいの?」
いいから脱いでと催促されるがどう考えてもおかしい。風呂に入るぞ、と言われたのでお先にどうぞと言う意味で返事をしたのだ。なのに抱っこされるように脱衣所に連行されどういう訳か一緒に入るような事をいう零さんにこの人は偽物なのではと疑った。こんなことを言う人ではない、はず、偶に可笑しな言動はあるけれど、多分。早くもシャツを脱いでしまった零さんを直視するのが恥ずかしくて何とか納得してもらえるようにと早口に言葉を告げるがどうにも一言も話さない彼を怪訝に思って顔を上げれば両手で顔を覆って項垂れていた。
「え、あの…」
「いや、うん」
「ど、どうしたの」
「…一人で入るよ」
なにが決定打だったのかは分からないが考え直してくれたらしい零さんの気が変わらぬうちにそそくさと脱衣所を出れば、慌てたように走るなと怒られた。解せん。
いったいどうしたのだろうと言いつけ通りソファーの上でひざ掛けをかけて大人しくしく座り考えるもやはり分からない。うーん、と考えるも五分もしないで脱衣所からガサゴソと音が聞こえてきてため息が漏れそうになる烏もびっくりの行水だ。これもそう言えば可笑しいよなあ、長風呂とは言わないけれどこんなにも短く入浴を済ませる人ではなかったのに。走るなと言った人がバタバタと駆け寄ってくるのを見て苦笑を漏らしながら本当にどうしてしまったんだろうかと今一度考えた。
夏バテでしょうね、と小学生の姿をした彼女から真相を聞いた旦那が通学路で膝をついて嘆いているのを見つけるのはこの一か月後の事である。
2017.6.23
ミルキーさんからリクエスト、結婚後も振りまわされる降谷さんでした
振りまわされるというか自分から振りまわった(日本語が可笑しい)というか…愛ゆえにから回る降谷さん可愛い…
きっと一か月、べたべたとくっつけるけど負担を考えて夜は悶々と過ごしていたと思います、どんまい
投稿日:2017/1005
更新日:2017/1005