夏だけの願い





結論から言わせてもらうといぶきさんは以前携帯を勝手に操作したあの後輩の男に逆恨みをされ奴の自宅に連れ込まれていた。ドアを蹴破った時にぐったりしつつもしっかりと此方と目が合ったいぶきさんは後ろ手に腕を拘束され床に無造作に転がされていた。当たり前だが驚きつつも自分が左遷される原因を作った(この下りは新一の携帯でいぶきさんからあらましを聞いていたので知っている)安室さんを覚えていたのであろう男はすぐさま親の敵とばかりに灰皿を彼に振り被り襲い掛かった。
安室さん自身も怒りで我を忘れていたのかそれはもう恐ろしい形相で、見ていてあからさまな程に痛めつける攻撃を仕掛けて相手を伸した。一発喰らっていたのは多分態とだと思う。相手の渾身の拳を顔に受け止めそれでもピクリともせずに相手を見下ろす安室さんはマジで怖かった。精神攻撃のためにそこまでするかと背筋がゾッとした、本当に怖い安室さん。派手な音を立てて男を失神させた安室さんはそれまでの鬼のような空気をすっと引っ込めていぶきさんに駆け寄り、それはもうどこぞの童話にでもあるような王子様のような振る舞いで彼女を慮り、救世主が如く安心感を与えようと笑顔をふりまいていた。その間俺は警察を呼び、咄嗟に出したサッカーボールが萎んだ皮を回収して彼の変化をゾッとしながら眺めていた。俺のいる意味。
しかしだ、そんな安室さんに対しどういう訳かいぶきさんの表情が酷く固かった。安室さんの為に固い、なんて優しい表現をしているがもっとハッキリ言ってしまえばいぶきさんは安室さんに対し完全にビビっていて、そして引いていた。流石の俺もえ?と思わなくもなかったがここで変に出しゃばってしまったらあとが怖い。具体的に言うと今の安室さんをこれ以上刺激して変に攻撃を喰らいたくない。現にいぶきさんにそんな態度を取られた安室さんは笑顔の裏で相当自分を押し殺していたのだろう、いぶきからは見えない様にして床で失神している男を思い出したように踏ん付けていた。怖すぎである。


「怖い思いをさせてしまってすみません、本当に」


「…はい」


「もう安心してくださいね、僕がついていますから」


「…はい」


だめだこりゃ。話す度に安室さんのヒットポイントに大打撃を与えているのが目に見える。最近学校で流行っているゲームの効果音が頭に流れてきた。効果は抜群だー!である。頭を殴られたらしいいぶきさんの怪我をテキパキと手当てする安室さんを横目にいぶきさんを見るもあからさまに安室さんに目を向けない。怪我自体はそこまで深くはないが、頭なので恐らく病院で検査になるだろう、見た限りではふらつきなどもなさそうなので大丈夫そうではあるが。
過去にこうして彼女が閉じ込められるというようなケースも知っていた俺は助けられてこんな顔をする彼女を初めて目撃していたのでその原因が安室さんにあることがハッキリと分かったし、それを向けられている安室さん自身もそれは嫌でも自覚させられているようだ。いや、だからってあのいぶきさんがこうも分かりやすく“嫌”な感情を表に出すとは。
結局警察と救急車がくるまでいぶきさんの態度は軟化することはなく、事情聴取にと俺と安室さんがその場で調書を取られ、店をそのままにしてしまって来ているという事でポアロに向かうという安室さんの車に再び乗ることになってしまった俺はどんよりと重たい空気を吸わされることになった。なんで今日に限って高木刑事来てないんだよと恨みそうになった、ごめん高木刑事、でも来てほしかった。




 - return - 

投稿日:2017/1216
  更新日:2017/1216