夏だけの願い


「なんでだよ」


思わず声に出てしまうほどに訳が分からなかった。いや、なんでだよ。颯爽と駆けつけその身を案じ身を挺して彼女を護って助けたにも関わらずいぶきとの距離がぐっと開いた。いや、いやいやいや。待てよ、これは明らかに距離が縮まるイベントだったろうが。可笑しいだろうと脳内で何度かシュミレートし直しても「ありがとうございます安室さん」と涙目で頬を赤らめて俺に縋ってくるいぶきとハッピーエンドに向かうのに、現実は何だこれである。どうなってんだあの女の神経はと疑いもしたがそれ以上に気が滅入るものがあった。
どこからどう見ても助けた俺に対し引いていた、これでもかと言うくらいに心の距離を取られた。その証拠にコナン君がこちらを見る目が「安室さんいぶきさんになにしたんだよ」だった、小学生にあんな目を向けられるようなことを俺はしたか?してないだろうとその日一日はずっと悶々と過ごしたし、いくら思い直しても褒められこそすれああして距離を取られる意味が分からず、脳内シュミレートとの差にリアルはクソかと絶望しかけた。
実際にああして縛られてぐったりしているいぶきをみて本当に大丈夫だったのかと身を心配したし、もっと早くに助けてやりたかったと思ったのだって本当だった。安室透としての仮面こそ脱がなかったもののその心自体は本心であったし、紛れもなく誠であった。それをああして、言ってしまえば拒絶され混乱しないはずもなく、しかも相手がよりにもよって普段そんなこととかけ離れているいぶきなものだから余計にかき乱されてしまって翌日ベルモットからの呼び出しの際に危うく「僕って役どころで言うと王子様で合ってますよね」なんてトチ狂った事を問いかけそうになった。いや、安室のキャラならそうだろうけれど俺としては肯定されてもキツイ質問なのだが。自分に危害を加えるものでさえ悪く言わないような、ましてや下着を取られていようが勝手に婚姻届けを出そうとするような男であろうが嫌な顔一つせずいたいぶきにあそこまで態度で嫌がられたという事実は大いに俺を抉っていた。それはもう盛大にである。


「…なんでだ……」


俺がなにをした。しいて言うなら助けた。それも惚れられてもいいくらいに逞しく力強く。同じように彼女を監禁から救った沖矢は惚れられたというのに、どうして俺はビビられているのだろうか。そうだ沖矢、あいつが良くてなんで俺がこうなる。大きくため息を付いた時、タイミングを見計らったかのように携帯がバイブ音を鳴らす。この音は沖矢からいぶきへのメールである。本当に空気を読まない男だ、出来るだけ苦しんで惨くかっこ悪い死にざまを飾ってほしい。痔からの感染病とか。片手で携帯を操作し内容を確認すればもう既にいぶきの入院の件を聞いたのかお見舞いに向かうという旨と彼女を気遣うような文章が綴られている。しかし今の時間は彼女は麻酔で眠っている筈であり、この文章を見るのは沖矢が尋ねようとしているその時間になるだろう、ざまあみろ。はあ、と重たいため息が肺から漏れるようにして吐き出された。肩が、重い。

本当に、どうしてだろうか。沖矢なんかよりいぶきとの付き合いだって長い、知らないことだってあったがそれを差し引いたっていぶきの人となりをあいつよりはずっと知っている自信はあった。けれど、あいつは受け入れられたのに俺は受け入れられなかった。あんなに懐の大きい女に、どうしてか俺は否定されてしまった。そのことがずっしりと重圧をかけてくるように圧し掛かり、久方ぶりに言い訳もできないくらいに落ち込んだ。






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投稿日:2017/1216
  更新日:2017/1216