その血はあなた
間違っても寄りかかってはいけない人だと、そう思った。
躊躇いもなく身を挺して守られたのだと、目の前で安室さんが殴られて揺らいだ背中を見た時にハッキリとそう思った。自分としては寄りかかっていたつもりは、きっとなかった。けれど思い返せば思い返すほどに、気が付けば私は彼に多く甘えていたし助けられている。何よりも息をするように人に手を差し伸べてしまえる安室さんの優しさに、無意識に手を伸ばしていた私自身が怖くて堪らなかった。もう十分大人であるというのにまるで赤子のように無条件に救われていたのだと、床に転がった空の缶ビールと共に彼を見上げながら自覚した。私がこんなだから、見ていられなかったんだろう。安室さんはそういう人だ、広く遠くまで周囲を見渡してそっと優しさを差し出して、御礼を告げるために振り返った時にはもうそこにはいない。まだ知り合って間もない私にすら平等でいてくれるのだから、彼はきっと誰に対しても優しく、そして自分を顧みない。こんな人がいるのかとリアリティさえ損なうほどに出来た人である。
「なんだか上の空ですね?まだ顔色も良くないですし…」
「へ、あ、大丈夫です」
そうですか?と丁度信号で止まった車の中、ハンドルに肘を付くように前のめりになってこちらの顔色を確認するように伺ってくる沖矢さんに慌てて頷きながら笑顔を向ける。コナン君に聞いたと言って退院する私の部屋にやってきた彼は当然の様に荷物を持って車まで案内してくれた。蘭ちゃんが持ってきてくれた荷物は後ろに座席に行基良く収まっている。私の笑顔を写したように少しだけ口角を上げてくれた沖矢さんを見て、ああ優しいなあと改めて思わされる。関わるにつれて、沖矢さんは見た目に反して思ったことをあまりオブラートに包まずにストレートにいう人だと知った。感じた事、思い出したこと、いいと思ったことも嫌だと思ったことも真っ直ぐに言う。話すことを選んでいるような空気を感じることはあるにはあるが、基本的に本心しか口にしていないんだろうなと話していて思う。困ったように博士の家に住んでいる哀ちゃんに好かれないのだと零していた時の事を思い出して、そういう悩みを臆せずに話せる彼を凄いなとも感じた。私はあまり、得意ではないから余計に。
「でも驚きましたよ、まさか一人で帰ろうとするだなんて」
「本当にちょっとぶつけたくらいなので…コナン君に心配かけちゃったのは申し訳ないですけど……」
本当にコナン君は行動派というか。自分は学校があるし小五郎さんは車が無いからと言って知り合いで車を持っている人に連絡をして私の事を頼むだなんて。私が小学生の時こんなにしっかりした子が周りに一人でもいただろうかと思いを馳せそうになるも碌に思い出せないだろうなとすぐにコナン君が凄いんだと考えを完結させた。
「僕だって心配しましたよ」
信号が青になる。低いエンジン音が車内に響き、ゆっくりと加速していく。マニュアルは運転できないから沖矢さんの車も安室さんの車もなんだか運転が難しそうだなとしか思わないのだが、きっとすごく早く走るんだろうなとそれこそ小学生のような感想を抱いた。沖矢さんに御礼を言いながら、ああ沖矢さんって良くも悪くもある程度は傍観してくれているから安心するのかもしれないなんて唐突に思った。
手を差し出すというよりは一人で立ち上がれそうかを見てくれているような、歩けるまで隣でジッと待ってくれているような。多分それはこの人が干渉をあまり好んでいないことに私が気が付いたからだろう。きっかけは何だったか思い出せないが一定距離から近寄らせず、近寄ってこない。はっきりと線を引いていたので分かりやすくていいなと有難く思った記憶がある。
「沖矢さんって、実はあまりお話とか好きじゃないですよね」
「突然ですね?結構自分ではおしゃべりな方だと思ってたんですけど」
否定をしないところがすごく沖矢さんらしいなとそう思えるくらいには長く一緒に過ごしたらしい。こういう所をきっと、羨ましいと思っているんだよなあ。笑う私を横目に、「元気そうでよかったです」なんて言ってくれる沖矢さんに、この気持ちは恋ではなくなってしまったんだなと穏やかに実感した。最初は恋だったろうその気持ちは次第に憧憬に、今ではすっかり嫉妬に似たような感情にまでなり替わっていた。この人のように生きてこられたらなんて、良く知りもしないのに思っているなんて知ったら流石の沖矢さんでも呆れるだろうか。
ありきたりだけれど、遠くへ、遠くへ行ってしまいたいとそんな風に緩やかに逃避を願ってしまった。
投稿日:2018/0506
更新日:2018/0506