手渡しの毒林檎
本当に面白いことになったと、彼、藤本からの電話を思い出すたびに引きあがる頬を実感しながらそれを咎める者もいないので気にせずにそのままでいる。まぁ、もし誰ぞがいたとしても同じようにしていただろうが。孫、というところに疑問を持ってしまうがまぁそれは後回しでも大丈夫だろう。
それにしてもなんと愉快なことか、まさかこんなことになろうとはこの世で、ましてやあの世でも誰一人として想像がつかなかっただろう。
弁解のために先に言っておくが今回の一件に私は一切関与していない。恐ろしいほどに様々な要因が折り重なってこんな事態を引き起してくれた。
ついにはくつくつと笑い声まで漏れてしまうものだから、心底こんな偶然のめぐりあわせに拍手喝采でもしたい気分だった。そんなことをした日には藤本に殺されるかもしれないと、また笑ってしまう。あの様子なら彼もすべてを悟っただろう、そして絶望しただろう。
これから否が応でも業の道に進まなくてはいけない彼女のことを思えば彼がそうなってしまうのも簡単に予想がつくが、さてどうするのか…。
「兄上」
「あぁ、来たか」
ノックもなしに無断で部屋に入るなと普段ならば小言を漏らしていたところだがなにぶん気分がいいのでそんなことも気にならない。上機嫌な私の様子に気が付いたのか首を綺麗に傾けながら、それでもいつも通り無表情でジッと不思議そうにこちらを見ている。今にもどうしたんですか、とその口から声を出しそうなのが伺えたが、こんな面白いことを簡単に教えてやるつもりにはなれない。
「どうしたんですか、兄上。ご機嫌ですね」
ほぉら、言った。
それにもまた楽しくなってしまって笑えば、ぱちくりと目玉を瞬かせている。
残念ながらこんな面白いこの一件もこの弟ならすぐに感づいてしまうだろう、その時まではお預けだと一人思っていることなど知らない弟、アマイモンは私の言葉を未だに待っている。
「あぁ…なぁ、アマイモン。彼人が言ったそうだ」
「…難しい話ですか」
流石に半分血が繋がっているだけはあるのかここまで言えばもう私が直接的に何があったかを言う気がないのを理解した弟はドサリと行儀悪く椅子に腰かけて机の物を物色し始めた。しかし完全にその興味を失ってはいないようで未だに話を聞く様子が伺えて、もしやもうすでになにか感じるものがあるのかもしれないと思ったが、そういってしまえばそれすらもヒントになってしまうからなにも触れないことにした。
「人間とは、神と悪魔の間に浮遊するものだと、そんなことを」
「神、ですか…人間とは愚かで低能な弱い生き物なのにですか。それに悪魔は僕たちです」
机にあった飴の箱を見つけたのか勝手にむさぼり始めたアマイモンに勝手をさせながら、馬鹿なようでそこまで頭の悪くないこいつだが、考えが固い所があるのがいただけないなとガリガリと飴を噛み砕いては口に放りこんでいる様子を眺めながらそんなことを思う。一度そう思ってしまったらなかなか考えを改めるとこができないあたりは賢いとは言えないのだが、もう一度言う、こいつは馬鹿ではないのだ。
だからこそ動かしやすくもあるからこうしてここにいるのだが、もったいない奴だとは思う。
「その通りだな、だが人間の言葉とは時にその本質が表面と真相に分かれることもある」
アマイモンのいう言葉には私も全面的に同意する。しかしながら人間とはそれだけではないのだ。時として残酷で無知で滑稽である彼らは、それゆえにとても深く複雑で理解の及ばないことをする。だからこそ面白い。
そしてその人間のなかでも、それこそ神と悪魔の間を浮遊していたそんな子が、傾けられた。
そんなことあってはならなかったのに、それが起こったのだ。
本当に嬉しい限りだ、これだからここから離れられないのだ、私は。
「そしてその真相に行きついた時、絶望しか待っていないことを知りながらもそれを求めるのをやめない人間とは、強かで弱いとは一概に言えない」
もうこのあたりで弟は話についてはこれないだろうと分かっていながらも口が動いてしまうのは機嫌がいいからだ。彼らは決して弱くなどない、いや本来は赤子の様に簡単に死んでしまう脆い生き物だがだからこそ我々にはない強さを持っていると、私に教えたのは確か藤本だった気がする。その通りだと納得したのは末の弟が……あぁ、そのことだって楽しみで仕方がないのに、全く楽しいことずくめだ。
もう何を言ってもはい、としか返事を返さないであろうアマイモンに最後に、これだけは教えておいてやろうと口を開いた。
「悲劇の開幕だ、アマイモン」
ガリガリと飴を砕くとこに専念していた弟から返ってきたのはやはり気のないはい、という単語だけだった。
2014.6.19
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126