熟れた造花の実

「あら、みことちゃん、お箸一膳多いわよ?」


「え、でも…お客さんの、分…」


そういうと、空気が凍ったのを感じて、あぁ、ダメだったのだと気がついた。それでももう遅くてその多いらしい余った一膳の箸を握りしめて小さくごめんなさいと、言う。
変な事を言ってごめんなさい、なんでもないんです、間違えたんです。
こっちにひらひらと手を振る着物を着たそれは、ニコニコと笑ったまままだそこにいるけれど私の気のせいなんです。

どうして、見えないんだろう。
あんなにハッキリといるのに、誰も信じてくれない。私の分と置かれた食事の前にそれは座っていて、私の座る場所がなくて余計に自分が此処にいるべき存在でないのだと言われている気分になって泣きそうになったけど、泣いてしまったらきっと迷惑に思われるから嫌だった。

また変なこと言ったのよあの子…気味が悪いわ…
そんなこと言ったって兄さんの方から押し付けられたんだから…

こそこそと夜中に、そんな相談をしているのを何度も見かけた。
私を引き取ってもらう家を探している電話をかけているのだって何度も聞いた、時には怒鳴りあって、酷いことも言っていたような気がするけれど、あまり思い出したくはない。
でもどうしたらよかったんだろう。
だってそこにいるのに。どれが皆に見えて見えないのかが分からない、だって同じように目に写るのに、どうやって見分ければよかったんだろう。
もちろん、優しい人たちだった、最初は。
ただ、私がおかしなことをいうから、嫌われてしまったのだ、きっと。
そして嫌な悲しい思い出というのは、心に残りやすいものなのだろう。夢にだってよく見るのはそういう思いでばかりだった。

お母さんあいつとどこいってたの?
あぁ、あの子をお医者様に見てもらったのよ

あまりにも私が騒ぐから、ある時病院に連れていかれたことがあった。連れていかれたその時は何も知らずにいたが、その家に戻ってからそこの家の子供に話しているのを聞いてあそこが精神病院という場所で、心の病気にかかっている人が行く場所だと知った。
私は、心の病気なんだろうか。
私がおかしいんだろうか、私が変なんだろうか。
こうやって見える全部が、病気だからなんだろうか。

なんで、私だけ見えてしまうんだろうか。









「…っ!」


バサリと掛布団を跳ね除ける様にして起き上がる。
ぜーぜーという音と時計の秒針の音だけがその場を支配していて、夜の静けさに呑まれるようだった。そしてその妙な荒い音が自分の呼吸の音だと気が付いて、ごくりと唾を飲み込めば、酷く喉の渇きを感じてしまった。
魘されていたんだろうか、布団と枕がとんでもない方向にあってそれをごそごそと戻しながらため息を一つ。

今日、正確には昨日のあの色濃い一日の恐れていた帰りは、結果からいえば何にもなかった。
藤本さんには怖々と明確には言わなかったが外に出ないでほしいという旨を伝えたのだが聞いては貰えずどうしようかとココアをありがたく頂きながら外を見れば、あの不気味な奴はいなくなっていたのだ。それはもう綺麗に跡形もなく。それを私の様子で察したのかは分からないが藤本さんの一声で今度こそ奥村君に送ってもらい、無事に帰ってきた次第だが、詳しくは割愛だ。
ざっくりと言えば、吉備さんの奥さんに奥村君が、私が不審者に襲われたという事を説明してもらって、(吉備さんには終始嫌な顔をされてしまった)それだけだ。
彼はなにも聞かなかった。帰り道に話した内容と言えば、あのココアを入れてくれた男の子が奥村君の双子の兄だという話だとか、よかったらまた休みの期間中にも来てください、だとかそんな世間話だ。
ありがたかった、凄く。なんてお礼をしていいのかますます分からなくなってしまったが本当に感謝の言葉しかでない。
吉備さんへの話をしてくれたことだって、何も聞かないでいてくれたことだって、また来てもいいと言ってくれたことだって。こんな時に口下手な自分が恨めしかった。

丁寧に巻いてもらった包帯も、お風呂に入ってしまったせいで自分で巻きなおしたから奥村君が巻いたようにきっちりとしていなくてそれがすこし寂しかった。
そっと起き上がり、外の街頭で薄らと明るい室内の机の上にあるものに手を伸ばす。
カチャリと軽い音を鳴らしてそこにあるのは藤本さんに頂いてしまったネックレスだった。

どうしよう、結局貰ってきてしまった。
一度持ってきてしまったものを返すのって失礼だろうか、いや失礼だよなぁとぼんやり考えていくうちに眠気が遠ざかっていくのを感じて、机の上の小さなスタンドライトをそぅっと灯した。
自分の寝起きの温度がほんのり移ってきたところでそれをまたもとの場所に戻す。
この家には私と同い年の男の子がいる。
その彼もどうやら高校は私とは違う場所らしく、寮にそろそろ移動になるのだそうだ。
あまり私の事をよく思っていないようだったから、嫌なことをいうがすこしホッとしてしまった自分がいる。学校が違うというのも嬉しかった、正直にいえば。
今は隣の部屋で寝ているだろうと思うと必要以上に音を立てないようにと気を張ってしまう。

けれど、もう一つ机の上にコロンと転がっている飴玉をみて思い出してしまった。
そうだ、祖母の遺品。
結局あの後たくさんの話を聞いて疲れてしまったのだろうか、そんな気力もなく眠ってしまったのだがそういえば祖母の少ない遺品を整理しようと、そんな風に思っていたことをこのタイミングで思い出してしまった。
そうなってしまうと静かに、本当に静かにそのスタンドライトの明かりのもとで息を殺すようにして私は動くしかできなかった。



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投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126