熟れた造花の実

「(ん、なんだろうこれ…)」


祖母の遺品は小さな段ボールに詰まっていた。
さほど量がある訳ではないのだが久しぶりにこうしてみてみるとこの遺品が詰まった箱はこんなにも小さかったかと思ってしまう。
最後に意識して見たのが私がもっと幼いころだったせいかもしれない。もともと私の荷物だって少ないのだから、確かにこれ以上の量があったらもっと目立ってしょうがなかっただろう。もうこの世にいない祖母が親戚にも忘れられてこんなに小さい箱になってしまったように思えてしまって、幼いころの私はこの箱があまり好きではなかったように思う。
けれど藤本さんから、初めてああやって祖母の話を笑顔でしてくれる人に出会ったことで私の気持ちも大きく変わったらしい。これっぽちしか私と祖母を繋ぐものがないのが少し悲しい。私くらいしか祖母と繋がってあげられなかったのに、この小さい箱を隅に押しやってしまっていたことを謝りたくてしょうがなかった。若くして亡くなったと聞く祖母の顔も、お墓の場所すら知らない私はなんと不孝ものだろう。

そんな多くはない遺品達は、私が嫌煙していたせいで見覚えのないものが多かったのだが手帳のようなものが出てきて首を傾げる。
少し考えて、ああ、これは見覚えがあったと思い至った。久しぶりに見たせいかすべて目新しく見えてしまっていたせいかこれも初めて見たように思ってしまったんだろう。でもこれはあった、中が当時は読めなくてその時住んでいた家の人に読んでもらうか悩んだ末にやめた記憶がある。きっと嫌な顔をされると思い至ったんだろうと思う。
一度手帳を裏返して、また表に戻す。

友人帳

なんだろうこれ。
気になってしまってスタンドライトが照らす机の上に載せてみる。
厚さもなかなかあり、表紙の紙の手触りが何とも言えない。年季が入っているせいだろうか。縦に長くて本のような開き方ではなくまさに手帳のように上の部分を紐で括られている。
不思議な表紙のタイトルの綺麗な文字を眺めながらそっとその文字をなぞって見たことのない祖母を思い浮かべようと思ったがやっぱりうまくいかなくて苦笑してしまう。
友人帳ねぇ、と真ん中あたりのページからパラパラと落としていくように中を見ていく。


「(キツツキ、ヨモイ、カンヌキ……)」


目についたページの文字だけ読んでいって、あれ、と気が付く。
パタンと表紙が落ちてまた友人帳の綺麗な文字が見えたがもう一度また真ん中あたりからページを持ち上げて同じように落としていくようにしてパラパラと中身を睨みつける。

なんだこれ、ぐっちゃぐっちゃでまるで落書きだ。
当時自分でこれが読めなかったことに納得がいくが、これは成長して学が付いたって読めるようになるような類のものではないはずだ。
まさに落書きのようにのたうち回ったような墨の文字が一枚一枚の紙に綴られていて、そのどれもに共通性なんて全くない。よかった、もし当時これを誰かに読んでなんて頼んでいたらそれこそ不気味に思われていたかもしれないなんて思ってしまう、流石に被害妄想だろうか…いやきっと嫌に思われただろう。
それを、だ。


「(なんで私読めるんだ…?)」


読めてしまったのだ。どういうわけか。
読めるはずなんてないのに、すっと私の頭はその文字を音に変換してしまっていた。
現に唖然として止めてしまったページでは“アカシタ”と書いてあるのが読めてしまっている。
そこではたと思い出す。
友人帳…?最近どこかで聞いた覚えがある気がする。
昔これを見つけて知っていたからではなく、そうじゃなく誰かに……そう、この町に来て…
そうだ、聞き覚えが確かにある。友人帳、この音の響きは懐かしくはない。
まさに今日だって追いかけられながら言われた気がする。いや言っていた、確かに。

寄越せ…寄越せ…、友人帳を寄越せ、夏目
そういえばあれだけ走っていたから今日はあんなに疲れていたのも当然だったと今になって思う。散々走って、逃げ込んで、その先で色々な経験と沢山の話を聞いて。つかれるにきまっている。そう思えばなんだか少し寝足りないような気持にはなったがいかんせん目はもうすっかりと冴えていたし眠気なんで微塵も沸いてこなかった。
はぁ、とため息をついたがその中に少し嬉しいという気持ちも混ざっているのも明確で、指先でコロンと飴玉をつついてなんとなく誤魔化した。

そして思い出す。
逃げ回って喰われそうになって、追いかけて来ながらあいつは言っていたんだ、友人帳と。
今日だけではない、ここに来てから追ってくる奴らは口々に友人帳のことを言っていたように思う。必死でそれどころではなかったからこそその時は気が付けなかったがきっとこれの事を言っていたのだろう。だから夏目、なんて呼んできたんだろうか。名前を呼ばれて驚いていたが藤本さんだって祖母を知っていたのだからもしかしたら昔この地に祖母は住んでいたのかもしれない。


「(だとしたら…これは妖の…)」


祖母の遺品、友人帳、そして妙な文字で書かれたこれらは恐らくだが、名前だ。妖の名前だ。
祖母は、妖が友人だったとでも言うのだろうか。
人から嫌われていた彼女は自分の視界に映ってくる妖たちを友人として、この手帳に書き止めたとでも言うのだろうか。
その目に映るそれらのせいで人から疎まれただろうに彼女は妖が好きだった、のだろうか…。

考えたってそんな祖母の心境なんて今になっては知る由もないのだがそれでも気になってしまうのはしょうがなかった、知りたいと願ってしまうのもどうしようもなかった。
いったい何を思って妖の名をこんなに書き連ねていたのだろう、友人帳なんてものに書かれた奴らは祖母のことを知っているのだろうか。祖母の気持ちを、知っていたりするんだろうか………。
もう会えぬ祖母の事を遺品だけで知るのはもう足りなくて、そして虚しかった。




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投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126