熟れた造花の実

「本当にこんな朝からごめんなさいね、藤本さん」


仕事の都合がつかなくって、とあまり悪いと思っていない声でそういったその人は吉備さんの家の母親だろう。
横顔しか見えなかったが見覚えのあるその人は確かに昨日もあったその人だった。


「なんの、お構いなく」


そう言った神父さんの顔はこちらからでは見えなかったが、きっといつも通りに笑っているのだろうと簡単に予想が付けられた。
しかし、昨日の今日でいったいどうしたというのだろうか。
その疑問はすぐに晴らされた。


「昨日は…その、みことちゃんが迷惑をかけたようで」


なんだ、わざわざそんなことで来たのかと思うも違和感を感じた。
昨日の様子ではどちらかといえば煩わしそうにして話を聞いていたのだがいったいどういう風の吹き回しだろうか。
それに玄関先で済ませればいい内容だったのにそれをわざわざここまで入室しているのも違和感を刺激した。


「それで、その…」


きた、そう思った。
ようは本題じゃなかったんだろう。仕事に行く前に立ち寄ってまでする話なのかは分からないが、彼女にとってはそうだったのだろう。


「あの子…妙なこと言いませんでした…?」


「妙なこと、とは?」


神父さんの声のトーンが少し下がったのが分かった。
普段共に生活しているからこそ分かる些細な変化であって、勿論間近で聞いていたとしても吉備さんにその違いが分かるわけもなかった。
そっと中の様子を盗み見れば神父さんの表情はちょうど眼鏡が日の反射によって伺えなかったが、その向かいに腰を下ろしている相談者の顔はよく見えた。
嫌そうな、疎ましそうなそんな顔をしていた。


「遠い親戚の子、なんですけどね…ほとんど他人といってもいいくらい遠縁の」


そっと、目線をその表情から話してすっかりと身を隠した。
背を預けている修道院の壁は背中に冷たくも温かくもない温度を伝えてくる。
廊下に続く今いるこの場所には特に何もなかったが、正面にある壁のシミが嫌に際立っている様に感じた。
ぎゅっと、音が空間を揺らした。
本当に小さな音でその音はこの静かな空間だったからこそ耳が拾ったものだと分かったが、それが自分の歯を食いしばった音だと気が付いたのは少し遅れてからだった。
酷い言い方だと思った、非道い、非道な暴言だと感じた。

彼女の言葉は続く、以前に預かっていた家でその家の子供に怪我をさせた話だとか、突然暴れだしたり何かに怯える様に走り出したりしたという話だとか、不気味なことを言いだしてその家の人を困らせることばかり言うのだとか、留守番をさせると家の物を壊すのだとか、不気味な嘘をつくのだとか。
そうして押し付けられるように親戚の家を回り、転校を重ねており遂には殆ど血もつながっていないような自分たちにもお鉢が回ってきたのだということ。
言い方こそもっと柔らかかったが、そういう話をしていた。


「だから藤本さんの家にも…その…」


ご迷惑をかけていないかと、そう歯切れ悪くも言い切った彼女の心境など分かりもしなかったがそこに夏目さんを気遣っている感情がないことは確かだった。
神父さんの言っていたことを思い出す、もし周りに誰一人見える奴がいなかったらどうする。
これが現状だ、きっと他のこの環境に置かれている人も状況は変わらないんだろう。
自分に見えているものを、相手が見えていないのだから分かり合えなくてもしょうがないのだ。けれど、だからってこんな風に、心底嫌そうに彼女の事を話す声を割り切って聞いていたれるかは別だ。こうやって多くの親戚の家を回ってきたのだとしたら、そんなことを想像してしまって怖くなった。足元が抜けてしまったようなそんな恐怖を覚えた。


「いやぁ、むしろ可愛い女の子にうちの息子達が喜んじまってみことちゃん怖がらせちまったんじゃないかって反省してたことですよ」


しかしそんな空気もなんのその、神父さんの言葉にそうですか、とホッとした様にしている吉備さんの声が小さく聞こえた。
なはは、と豪快に笑う父に少し怒りを感じた。なんだその言い方は、まるで僕が鼻の下を伸ばしていたような言い草だ。


「そういや、みことちゃんのご両親は」


「え…あぁ、あの子が小さい頃に事故で亡くなっているみたいですよ、私もよくは知らないんですけど」


さらりと聞かれた質問に、さらりと返された答え。
一拍おいてその言葉を理解する。彼女の両親はすでに他界していたのかと。
日常会話の様に、本当にすんなりと言葉にされたことだったが、それがまた虚しくて悲しいと、そんな風に思った。


 - return - 

投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126