奏でるのならコバルトに
「そういえばこんなに朝早くからどうしたんですか」「そういやお前なにしてたんだよ」
因みに兄さんに対しても聞いてるからね僕、とにこりと笑顔を向ければあからさまに目線を反らして吹けもしない口笛を吹いていた、おい。
切り替える様に問いかけたが内心では未だに少しだけ動揺していた。先ほど傷口に触れてしまった際にあまりにも痛がっていたように見え、本当に大丈夫だったのかと不安になる。もしかしたら爪でも運悪く触れたのかと思ったが爪には血はついていなかった。溜息すらつきそうになるほど自分の傲慢に似たそれに鬱蒼としそうになる。情けないことに祓魔師として資格すらとっているにも関わらず自信を喪失する勢いで落ち込んでしまいそうだった。
それにしても、あんな傷跡どうやったらつくのだろうか。まるでなにか指に一周していたものに皮膚を抉られたようなそんなものだった。白くて細い彼女の指に似つかわしくない傷口の様子からは分かるのは先ほどついたようには見えないということだ。もしや昨日自分が見逃してしまっていたのだろうかと思う、そしてそれはきっと正しい。
「散歩を…」
「はぁ?あんな朝早くに一人でか!?」
兄の言い方からして、二人はもう少し早くの時間から会っていたのかもしれない。だからこそこんな風に少し親しげなんだろうか、先ほども呼び捨てで名を呼んでいたのを思い出し変な感じがした、兄が女性と話していることろすらまともに見たことを無い身としてはなんだか気恥しいような安心を覚える様なそんな複雑な感情だ。
あんな朝早くに、一人で散歩。
そして吉備さんのあの言葉や態度を思い出せば察するのは容易かった。悪魔が見えてしまって居場所がないというのは、酷く苦しくて悲しいことだ。まるで自分が世界から断絶されてしまったかのような感覚すら感じるあれは、最後まで慣れることはなかった。そんな中にまだ彼女は取り残されているのかと思うと僕も神父さんの様になにか彼女にしてあげたいと願ってしまう。けれども思うだけで何をすればいいかなど思い付くはずもなく、結局は彼女本人に“視えるのか”とすら聞けず、自分もそうなのだと告げられずにいる。
そこで思い出したのは神父さんの言葉だった、名前で呼んでやれとやけに真剣な顔で言っていたのでそれを思い出したが、だからといって急にそんなの馴れ馴れしいではないかと思ってしまうしそれが彼女にとって嬉しいかどうかはまだ別だろう。何も考えずに早々に名前を呼んでいる兄が少し恨めしく思えた。きっと兄の場合は性を覚えていないのだろうというのは置いておく。
「それで?夏目さんはどうしてそんなにドロドロで兄さんはなにしてんですか?」
言ってから少し不味い聞き方をしてしまっただろうかと肝を冷やした、夏目さんはこういうことを聞かれるのを好まないだろうしもし土に塗れた理由が昨日の様に悪魔関係であったのなら。しかし夏目さんの顔色は苦笑に似たような表情を浮かべるだけでそれにホッとしてしまう。
責める様に夏目さんになにかを言い続けていた兄がぎくりと固まった。兄にも傷が見られたのでまぁ十中八九喧嘩をしていたのだろうがもしや彼女を巻き込んでしまったのかと目付きを鋭くする。それを察したのかどうかは分からないがぶんぶんと首を振り始めた兄に不思議そうな顔をする夏目さん。
「散歩をしていた時に会って……そうだ奥村君怪我…!!」
しかし夏目さんも兄の怪我を思い出したのか突然焦った様に立ち上がって兄の手や顔の小さな傷跡に目を行ったり来たりと走らせている。ついには顔色を悪くして慌てだし、兄に謝りはじめた夏目さんに兄まで焦り始めて話を聞きながら兄の手当てもしてしまおうと兄を座らせる。絶望したという顔をする兄にイラッとしたが少しきつめに手当てしてやろうと思うくらいで許してやろうと満面の笑みを向ければさらに引きつった顔をしていた。
「それで、兄さんはまた喧嘩?本当に夏目さんを巻き込んでないんだよね?」
「ま、きこんでねぇよ!喧嘩終わってから会って…まぁその…色々あったんだよ」
ぶつぶつと歯切れ悪く説明をしだした兄に消毒液の沁みた綿を押し付ければいって!!と声をあげて非難するような顔をされた、自業自得だ。色々ってなんだ、結局大事なことを話していないじゃないかと思ったがきっと兄も話すつもりはないんだろうとため息をついて絆創膏を巻きつける。こうなったら兄は話さないだろうし聞くことを諦めて、夏目さんが喧嘩に巻き込まれなかったということだけ知れたのだし勘弁してやろうと手当てに専念した、どうせ後で神父さんにも絞られるのだし夏目さんの前であまり兄弟のそういう面を見せるのも情けない。
「昨日も思ったんですけど、奥村君は手当てが上手ですよね…」
「…へ、あ、あぁ。兄がこうだと自然と慣れてしまって」
「だろ?雪男は将来医者になるんだ」
勝手に言うなと少し思ったが、それ以上に自分のことのように誇らしげにそう話す兄に嬉しさも感じてしまって、すごいという顔をしている夏目さんに照れたような顔を向けることしか出来なかった。
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126