奏でるのならコバルトに


朝食を食べていけよとまで誘われてしまってそれを流石にそこまで迷惑はかけられないとやんわりと断らせてもらってだいぶ明るくなった道を一人歩いている。家主であろう藤本さんにも挨拶をしたほうがいいだろうと思ったのだが生憎不在らしく、少しだけ慌てて奥村君にジジィなら忙しくてもういないのだと伝えられた。すこし残念だったが後日改めようと決心しそろそろ戻ることを伝えれば当然の様に昨日と同じように送りますと言われてしまって、なんとかそれも断ってきた。いい加減申し訳がなさ過ぎてどうしようもなくなってしまいそうだったのだ。一人で町を歩いて道を覚えたいという言葉が決め手だったのには泣きたくなったが結果オーライだと思って涙を呑んだ。

それにしてもと明るくなった空を見上げて、そこに黒い小さな粒が横切っては漂うのを見つけて内心で首を傾げた。日が昇ったから目に付くのだろうか、先ほど歩いていた時はここまで気にならなかったのにどこを見てもそれは空に浮いていて行きかう人の中に紛れて存在していた。
藤本さんはこれを悪魔だといって妖とは違うと言っていたが正直こんなにも多い悪魔という小さな命に恐怖よりも驚きを覚えてしまう。こんなにも当たり前の様にこうやって空中で遊んでいるのだから日常的にこの黒い小さいものはいたのだろう。妖が他の人に見えないのと同じように私にも見えていない世界があったのかと純粋に驚愕してしまう。
初めて自分が見えない側にいたのだと知って、要は少し嬉しかったのだと思う。他の人と同じところが自分にあったのだというとんでもなく単純なものだったのだがそれでも私には大きな理由だった。

だからとは言わないが、奥村君たちに朝から会えたことが大きな要因だったのだと思うが浮かれていたのだ。だからこそ、油断していた。


『夏目ぇえええええ!!!!!』


「!!」


驚愕のあまりに声が出なかったのは幸いだったが、突然絶叫される様に呼ばれた名前に心臓がつぶされるようなそんな恐怖を覚えた。そんな衝撃にハッとさせられる。なにを浮かれているのだ、何一つとして問題は解決などしておらず、こうして目の前まで迫っていたというのに。一気に現実に引き戻されたような心地だった。そうだ、この町にはどういう訳か私の名前を呼ぶ奴らが沢山いて、そして私が今まさに鞄に潜ませている祖母の遺品を奪わんとしているというのに。それこそ命の危険すら伴いそうな予感があったのにどうして呑気にしていられたのだろうか。


『友人帳、寄越せぇえええ!!』


昨日と同じ奴だ、と目の端で捕えて一気に足を走らせる、向かう先は先ほどの神社だ。大丈夫、場所は先ほど行ったばかりで覚えているしここからも近い。それにあの近辺に妖はいなかったことからきちんとそういうものを避けるような場所でもあるはずだ。
まるで昨日の続きのようだった、昨日あの教会という夢の中に入り込んでしまってそこから出て夢から覚めた途端に昨日の追いかけっこが再開されたような現実味。
はしる、はしる。
神社への道のりに信号は無かったはずだ。あの頭でっかちは空を飛んでいるから信号など無視して飛んでくるだろうから本当に立ち止まれない。奥村君と会った公園を横切って散歩中の犬に吠えられてしまう。犬が吠えたのは私にか、それとも後ろで怒り狂っている妖にか。飼い主の不審な目は確実に私に向けられているのに失笑してしまったが足だけは止めない。
車が来ていないことを確認して道路を渡る、ついでに映った頭でっかちから少し距離を離せていることに安堵しつつ、それでも足を緩められない。
前を見ていなかったせいで見事に転んでしまって結局その距離も最初と同じほどに縮められてしまったのでだからほらちゃんと気を抜かずに走らないと、などと誰に言う訳でもなくいい訳をした。



 - return - 

投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126