孤独の夕べに哭けたなら

『ぐぉおおお、おぉお…』


なんという娘だ、この私のこの姿を見ても尚手を上げるなど、しかもこれがまた妖力が強いせいで相当痛いというのをこの娘は分かっていないのか今度はかなり強く殴られた。痛いぞこれは。こんなもやしのような娘の小枝のような細い腕でこの様など黒歴史になりそうだ、もしかしたらこいつはレイコほどに妖力があるのかもしれない。
座り込んで息を整えている娘は勝手に私に寄りかかってきている、さっきから警戒心があるのかないのか中途半端でわからない。人間とは本当に妙な生き物だと改めて思ったがきっとレイコの血縁が可笑しいのだろうと思いなおした。


「っ…これはっ…友人帳は…」


やっと息が落ち着いたのか、大きく一つ息を吐いた娘だが生憎私はまだ頭がグラグラしている。本当にどれだけ妖力を込められたんだ、痛くて敵わん。ゆっくりと目を開けば真っ白だった、勘弁しろともう一度唸る。
やっと視界に色が戻ってくる、低級の妖が今のを喰らえば一溜りもないだろう。その視界に映る小さな背中はレイコには全く似ておらず弱弱しいただの人間のものであったが、横顔や強い眼差しはこちらに向いていないのにも関わらず、レイコ以上に真っ直ぐだった。
これだから人間は嫌なのだ。


「私にとっては祖母の大事な遺品なの」


弱いくせに強がって、弱いくせに何かを貫き通さんとする。
その時のこいつらの心というやつは厄介で珍妙で、それでもこうやってそれを真っすぐ向けられてしまえばどうしてか喰ってやる気は失せてしまうのだ。
娘は、レイコのように目付きは鋭くはなかった。
レイコのように強くもないだろう。
レイコよりも弱くて、それでいてどうしようもないくらいに甘ったれた優しい主張を、泣きそうで優しい目で訴えてくる。


「確かに、祖母は人と上手く付き合えなかったらしいし…覚えている人ですらほとんどいなくて、この間初めてと言っていいくらい人から祖母の名を聞いたくらいだけれど、それでも」


その横顔は美しかった。
レイコとはまた違う、あれは凛とした痛いくらいの強さが美しかったがこれはそれの真逆だろう。本当に血縁なのかと思うくらい似ていないが、顔はよく似ていると思う、匂いも気配も、持って生まれてきた力も。


「私くらいは繋がりを持っていたい、祖母のことを知りたい……今更なのかもしれないけれど、後悔したくない」


ハッキリと言い切ったその言葉を祝福するかの様に風が舞って草が躍った。言葉を選ぶように少し躊躇うように娘は話していたから時間が過ぎていたのだろう、もうすっかり痛みは引いていてぶれない視界で見える娘の瞳は先ほど以上に輝いて星の様だった。
他人事だとは思えないし、とつぶやく様にして零した言葉は痛そうに口から這い出て地面に落ちていく。
境遇は似ているのだろうよ、そうそうここまで妖力を持つ人間はいないだろう、私もレイコとお前しか見たことがない。それだけ妖怪に関わってきたというのは聞かなくとも今の言葉に秘められていて言霊のようにして伝わってきた。しかしそこに、恐怖や不安、悲しみは感じても恨みは感じられない。それはレイコと同じだった。
そしてふと、ねぇ先生と問いかけられる。なんだと促せば空を見上げて予想外の言葉をそいつは漏らした。


「返したいと思ったの、どうしたらいい?」


『返す?名前をか?阿保、やめろ勿体ない』


起き上がりながら本心を言えば、それでも動いた私になんの警戒心も持たずに寄りかかったままこちらを見上げてくるこいつに少し頭が痛くなりそうだった。よく今まで喰われなかったなと感心すら覚えたがこれだけ妖力を持っていれば少し暴れれば逃げられもするかと思い出す。皮肉なことにその妖力のせいでうまそうな匂いを漂わせているからこそ狙われやすくもあるのだが、それはどうしようもないだろう。


『それに中には凶暴な奴も多い、命がいくつあっても足りんぞ』


そう忠告して脅してやれば、それでも全く臆さずにこちらを見上げてくる目は揺れることなく真っすぐにこちらを向いていて、本当に生意気な餓鬼だと思った。それでもやっぱり、殺してしまおうなどとは思えないのだから妙だ。そしてふわりと笑いさえするのだからこの娘のことがますます分からなくなってしまった。


「大丈夫、だって先生ついていてくれるんでしょう?」


どうしてそんなに嬉しそうなのかはきっとこいつの口からいくら説明されたって理解はできないのだろう。人間とは本当に理解しがたく変な生き物だ。
祖母が、レイコさんがやり残してしまった事を私がやりたいの、そういって立ち上がった娘にそれが繋がりになるのかと納得してしまう。そんなものでもきっとレイコにはなかっただろう、死んでしまってやっとこんなものしか残らかなったレイコだが、それでこいつがいいと言ってのけたのだ。
そうしてそんな生き物に付き合うのも悪くないと思ってしまうくらいには、私もこいつがこの友人帳という名の呪縛をどう扱っていくのか見てみたいと思ってしまった。


「もし私が途中で命を落としたのなら、その時に友人帳を譲る」


静かな声でそういった娘の顔に影は無い。
しかしその言葉でなんとなく、こいつもレイコの様に親が無いのだろうと察せられた。だから簡単に死を口に出来る、人間のくせに生に執着していないようなそんな言葉はレイコにも似ていたがレイコのような冷たさはやはりなかった。


「力を貸して、先生」


『お前、名は何という』


「みことだよ、夏目みこと」


『みこと、お前が消える時本当に友人帳を貰っていいんだな』


うん、いいよ。
微笑んだみことという娘の名前を始めて音にした時にかちりと組み合わさったかのようにその音がしっくりときた。レイコはこんな柔らかい顔をしなかったからその表情はなんだか記憶に残りそうだと思った、それが別段煩わしいとも思わない。
微笑みながら私に近づき、顔に手を触れられる。触れれば余計にその小ささや弱弱しさが伝わってきて、触れたそこが先ほど殴られたところだと気が付いて、ついに私も諦めた。


『よかろう、見届けよう』


「ありがとう、先生」


本当に人間とは、おかしな生き物だ。




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投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126