孤独の夕べに哭けたなら


――まずは相手の姿をイメージしつつ、開き、念じろ

話がついたと思った途端にやってきたのはあの頭でっかちで、走りながら懸命に先生の言った言葉を頭の中で繰り返していた。
先生は先ほど出会った黒い目の妖を相手にしてくるとだけ言った途端に消えてしまったので一人で只管走る。
もしこれであの頭でっかちがここに名を連ねていなかったらどうするのだと思ったが、先生の様子から見ると大丈夫な気がした。
走りながら友人帳を両手で開いて息が切れそうになるのを耐えて、言の葉を紡ぐ。


「我を護りしものよ、その名を示せっ」


目の前に木の根が見えて慌てて飛び上がりながら、木々を縫うようにして走る。先生に出くわさないように、そして人が来ないような場所に居なければ、巻き込んでしまうかもしれない。もう少しで先ほど奥村君と埋めた鳩の場所までつくだろう、と思う。

不自然に友人帳が一枚一枚、パラパラと捲られ始める。風はその向きには吹いていないし、私は手を動かしていない。先生は私の妖力を使うと言っていたからもしかしたらこれもそうなのかもしれないと、初めて目にした自分の力かもしれないそれに内心では驚いたがそれどころではない。正直呼吸も辛いし、昨日から走らされている足も早くも棒のようになってきているのが分かった、これじゃあ本当にもやしだとからかわれてもしょうがないじゃないか。

――次に必要なのはレイコの唾液と息、血縁のお前ならやれる

紙の動きがぴたりととまり、一枚がピンと直立して私だよ、と主張してくる。これかと納得して勢いよく振り返りまだ相手との距離があるのを確かめてその一枚を引き抜く様に引き離せば、紐でまとめられた部分がびりりと破けたので少し焦ったが文字に影響がなければ問題はないのか前から迫ってくる妖はぴんぴんしていた。
一枚になったそれは少し暖かく、案外紙はいいものなのかしっかりした固い印象を受けた。

――契約書を破って咥え、両の手を強く打ち合せ、集中し

その言葉に倣って口にそれをくしゃりと咥え、パンッと乾いた音を打ち鳴らせば空気にカランと響いた音はじんわりと波紋のように広がる。それと一緒に頭に水の様に流れ込んできたのはある音だった、とてもきれいな音。それに驚いて一瞬息を呑んでしまったがそれがこの妖の名だと理解した時には力を抜く時の様に自然と息を吹き込んでいた。

――ふっと息を吐く

その息に押し出される様に黒い生き物が口元から吐き出される。それは墨だった、竜の様にも見える奇妙な形はあの妖の名を綴った文字で、それが空に踊るようにして抜けて、しゅるしゅるとこちらに向かってきていた妖の額に引き込まれていって、ついに触れた。




 - return - 

投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126