孤独の夕べに哭けたなら

さみしいよ、さみしい、おなかがすいた
震える呼吸は寒さまで伝わってきそうなほどできゅぅっと心臓が痛みを感じるほどだ。ぶれて不鮮明な視界が徐々に開けた先には、地蔵にお供え物をしている老婆の姿。その老婆が去ったのを見計らって、供えられていた饅頭に手を伸ばす、私。
私の手は土のような色をしていてとても大きく、そして爪は無いのに尖っていた。
これは妖の記憶だろうか。私は妖の目線でものを見ている様におもう。
そして恐る恐る伸ばした手がやっとそれに届くというときに、小さな手がそれを横からかっさらっていった。あーん、と止める間もなくそれに喰らいついた人が目に映った時に、ドキリとした。この人が、きっと。


『あぁ!』


「あんまりおいしくないわよ、これ」


『人間のくせになにをする、意地汚い!』


「おいしいお饅頭なら七辻屋のがおすすめよ」


『ななつじ…?』


はしゃぐ様にして話しかけてくるのは女の人だった、セーラー服を着ているから高校生だろうか。私よりも少し長いその髪はところどころ跳ねていて、声は凛としていて強い。物おじしない物言いは、想像していたそれとは違っていたけれど綺麗に笑う人だと思った。私は不思議に思った、人間なのになんだこいつは。人間のくせにと、思った。妖のその時の記憶だろうから、その時の想いなのかもしれない。


「そうねー、私と勝負してあなたが勝てたら、ご馳走してあげましょうか?」


たじろぐこちらになど構いもせずに詰め寄ってきた彼女の顔はとても強気で凛々しく、まるで私と違った。まっすぐ突き刺さるかのように思えるほどにこちらを捉える両の目が澄んでいてまるで池のようだ。


『お前…私が見えるんだな』


「えぇ」


『恐ろしくはないのか』


「ぜーんぜん、だって私強いもの!」


少し複雑だった、嬉しいけれど人間にそんなことを言われる妖などどうなのだろうと思った、けれどもやっぱり嬉しいと思ってしまう心がいて、そして先ほどまであった寒さが消えていることに気が付いた。震えだってもう止まっている。
なぜだろうか、不思議だった。


「じゃあ行くわよー」


『えぇ』


「えい!」


暴力に訴えた勝負だった、痛い、酷いじゃないか急に殴るだなんて。不意打ちじゃないか、それにとても痛い。こんな細いのに怪力だなんてあんまりだ。でも勝負だから仕方がないか、私は負けたのだから言うとおりにしてやろう。名をこれにかけと紙と筆を渡される。大人しくそれに己の名を綴れば嬉しそうにそれを受け取った娘はこれでお前は私の子分だといった、子分なのだから呼んだらすぐに飛んで来いと理不尽まで言われあんまりだと思ったが綺麗に嬉しそうにくすくす笑う娘の頬が赤くなっていることに気が付いて問いかける。


『その頬の傷はどうした』


「あぁ、これ?石をぶつけられてねぇ、私は気味が悪いんですって」


彼女は笑っていた、目を伏せて俯きはしなかったがなんでもないように笑っていた。けれどもそこに寂しさを感じたのは、それは私が寂しかったからだ。こいつも私と同じなのだと分かったからだ。さみしいのは悲しい、お前も悲しいのだろうと私には分かった。
悲しいくらいに分かってしまった、それなのにお前は笑っているのかと、さみしいのにそれを隠して笑わなければいけないお前はどれだけ寒いのかと、思った。

しかし私の名を見て、娘は綺麗ね、と言った。
私の名前が、綺麗だといった。
それに驚いてしまって、不思議な気持ちが湧き上がってきて気が付けば私は娘の名前を聞いていた。お前の名前はなんていうんだい。


「レイコよ、夏目レイコ」


まったねーと手を振るレイコの名前を何度も呼んでみたが私の名前よりもずっときれいに聞こえた。

またねと言っていた、呼べば来いと言っていた、ならばまたレイコに会えるのだと、私は思った。
あんなにあった寂しさがレイコによって消え去ってしまったのだから、どうか私もレイコの寂しさを消してやろうと思った。だから待った、あの地蔵の場所に何度も行った。
雨が降っても、嵐でも、何日たっても何年たっても何十年経っても。

けれども一度もレイコは私の名前を呼んでくれなかった。
綺麗だと言ってくれたのに、呼べばお前の所へ飛んでゆくのに。レイコは現れないし、声も聞こえない。
気が付けば寒さは凍えるほどになっていた。

嗚呼、今日も呼ばないのかい?
寂しい、前よりずっと…!
返せ、名前を返せ…!どんなに待ってもどうせ呼んでくれないのなら…!!





 - return - 

投稿日:2017/1126
  更新日:2017/1126