孤独の夕べに哭けたなら
光を伴って返っていった名前が額に吸い込まれていった瞬に一気に現実に引き返された。悲痛な叫びが私をここに呼び戻したかのように、胸が張り裂けそうだった。喰ってやるとまで言っていたのに、想いはこんなにも暖かかった。それは寂しさからきた恨みだった、愛ゆえの恨みだった。だた名前を呼んで欲しかったのに、それだけで寂しくなどなくなったのに、名を奪われてからその寂しさは一層増した。一度寂しさを埋めてくれたはずの祖母は埋めてくれたはずの寂しさを大きくして去ってしまった。
記憶で見た祖母は思っていたよりも明るかったが、それでも寂しそうだった。それなのに名を呼ばれないことが分からなかったからそのさみしさに耐えきれなくなってしまったのだろう。
ひとりは、さみしい。
「ひしがき…」
零れる様に口から溢れた名は、息を吹き込む直前に頭に流れ込んできたその音を同じでやはり綺麗な名前だと思った。私もレイコさんと同じように感じたのが不思議で、あの人が私の祖母なのだと頭の端で実感した。
『もう、いいのかい?』
昨日や先ほどとは打って変わって、憑き物が落ちたように語り掛けてきたひしがきはすこしだけ涙声だったように思う。
もういいのかい?
レイコ、もう、寂しくはないのかい?
もう、一人でも平気かい?
ひしがきはたとえ、祖母と出会った後に寂しさが募ってしまっても祖母と話して触れた時に消え去った寂しさと温かい気持ちを忘れないでいたのだ。だからこそ、もう自分は必要ないのかいと、優しい声で私に向かって問いかけてきているのだ。
なんて、なんて。
「祖母は、レイコさんは」
きっと一人じゃなかったよ。
だってあなたのような妖がいたのだから、寂しさも苦しさもあったかもしれないけれど、私はあなたのようなものが祖母の傍にいてくれていたことを、嬉しく思う。だから私は、忘れないでいようと思う。
あたなのような、心優しい友人をもった祖母はきっと。
「ありがとう、ひしがき」
そのまま空気に溶ける様に消えてしまったひしがきを見て、一気に力が抜けて座り込んでしまう。それを見計らったかのように、会えたかい?と足元から問われ、驚けばそこに不細工な猫がいた、なんだニャンコ先生か。
「レイコには会えたかい?」
「…うん」
「酷い奴だったろう?」
その言葉に笑ってしまう。確かに思っていたよりも元気な人で少しだけ安心した。私も直接、会って話がしてみたかったと思ってしまうくらいには不思議な人だと思った。けれども、笑っていたけれども、ひしがきが感じていたようにやはり彼女もどこか孤独で、寂しさはあったのだ。
そして、友人帳と名のつけられたこの大切な遺品を、私は酷く愛おしく思えてしまってならなかった。
やれるかい、みこと。と最後に確かめる様に聞いてくる先生に迷わず頷く。手に握りしめたこの紙の束が祖母と妖の繋がりだったというのなら、私はそれを絶対に捨てられはしない。
「私は、やりたい」
「そうか…」
妖怪の事は、相変わらず好きにはなれない。
幼いころの苦い思い出も、理不尽な要求や見えるからと言ってからかってくるただの陽気さも、私にとっては耐えがたいほどに周りからの冷たい視線を助長させ、壁を作った要因であることは変わりないのだ。怪我だってさせられたし、妖がやったことを濡れぎぬさせられたことだって少なくはない。なにより、見えていたせいで居場所がなかった私にはそう簡単な問題ではないのだ。
でも、良くも悪くも出会いの一つだ。そう思えるのは藤本さんの存在がきっと大きいのだろう、きっと今までの私なら祖母の繋がりだと言って友人帳を手放しはしなかっただろうがこんな風には考えられなかったと思う。
その変化を思い知った私は、やはり藤本さんに頭が上がらない、そんな自分が嫌ではないのだから。
でも家に猫ははいれないかもなぁなんて冗談を零せば、にゃんだと!と怒鳴ってくる先生が可笑しくて思わず笑ってしまった。
投稿日:2017/1126
更新日:2017/1126